「初めまして、真田弦一郎さん」
近づき難い一団の取っつき難い男の前に一人の女が影をつくった。
私立の有名学校の制服を身に纏い、独自のオーラを背後に背負ったその女は
試合での熱が未だ燻り続けている男の目を真っ直ぐに見つめて
自身が醸し出すきつい雰囲気をわずかに和らげる。
「と申します」
言葉の丁寧さとは裏腹に不遜でさえある空気。
それは王者の貫禄、という方が相応しいだろう。
何の用だとばかりに訝しがる男に
女は整った顔を綺麗に崩して笑う。
テニス界の女王が堅物な皇帝に恋をした。
その瞳は誰を追う
少しお時間いいですか?
と名乗った女は
中学男子テニス界を背負って立つテニス部の面々を従えた男を見つめた。
殊勝な言葉で尋ねながらその眼光の奥には鋭さを忍ばせて
自分に負けないほどの鋭さを持つ男の目を揺らぐことなく見つめ上げる。
真田は何処かで見た顔だ、と心のうちで呟いた。
その目。
他者を支配するような激烈な何かを含んだその目を以前に何処かで。
記憶の中で得体の知れないものが荒んで、彼方に仕舞われたそれを引き出そうとする。
この女だ、と真田は思った。
目の前にいるこの女が記憶のどこかにいる『自分』を強烈な引力で引き寄せる。
ちらり、と残像がぼやけて浮かび上がる。
胸を焦がすインパクト音が聞こえてきそうだと何故か感じた。
彼にしては珍しく思考の中へと落ちていくのを甘受していると
後方からただ一人の2年レギュラーが声をあげた。
驚きとわずかばかりの憧憬を含ませた聞きなれない声音で。
「実物初めてっすよオレ!丸井先輩!うわ、なんつーか・・・さすが女王サマってカンジ」
「俺だって初めてだっつーの。ってか鞄ひっぱんなっ!」
後ろへ引かれる重さに耐えかねて手を振り払おうとする丸井になど無頓着な切原は
騒がれるのを全く気にした様子もなく佇んでいるにしきりに何かを話しかけている。
「女王・・・・」
声に出して呟いた真田に歩幅の距離だけ後ろにいた柳がかすかに笑った。
さしずめおもしろい事になった、と言うように。
女王だ、あの。
女子テニスの象徴とも言われつつある、
公式、非公式共に不敗神話を築き続けている、あの、女王だ。
そして男に落ちることのない意志強固さが有名なあの女だ。
そんな彼女が、皇帝と呼ばれる堅物も度が過ぎた男と偶然ではない初会を果たした。
これがおもしろくないはずがない。
一歩の距離を自然な流れで詰めてから柳は言った。
「『並び立つ者』だろ。認めた者の名を忘れるとは珍しいな」
女王、並び立つ者。
その言葉に絡みついた人物の目が綺麗に重なった。
録画された映像の中心で誇らしげに立っていた少女。
画面越しで向けられる苛烈な瞳。
それが目の前の大人びた少女と溶け合って新しい人物が作り出される。
名前だけ聞かされた殊勝でありながら不遜でもある女、
記憶の片隅にあった激烈な目をした少女ではなく
それは女王という名のだった。
何か。自分でも理解できない何処かの部分を
その名は気づけないほど自然に、通り抜けてきた。
真田の内から染み出す女への拒絶が受容へと変わったのを敏感に感じ
柳の口元は再び笑いを浮かべた。
無意識だろうがやっぱりか。
慣れれば存外分かりやすい男だと再認識して
傍観を決め込んでいる柳生と仁王を振り返り意味を持たせた視線を送る。
了解を示すささやかな意思表示を返し、二人は切原と丸井の捕獲に取り掛かった。
女王が皇帝に恋をした。
ならば皇帝が女王に恋をしないはずがない。
頑迷な人間同士の関係は驚くほど綺麗にはまる。
その証拠が目の前にいる。
君を想う5つのお題1&2より
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