Prince of Tennis









好きで好きでたまらないのに、私はいつも彼を信じきることができない。
貴方はいつだって私に優しい。
それは自惚れなんかじゃないよね?
なのに私は不安で不安でたまらなくなる。
貴方の優しさ、独占したいよ。
醜い感情が疼きだす。でも、止まらない。

貴方を好きな女を醜い女にするのはやめてね。
自己嫌悪で沈みそうになるから。





逡巡と衝動の交差点





貴方に会いに、時々テニスコートへと足を運ぶ。
クラスの違う私達にはあまり接点がなくて、
彼女、と呼び彼氏、と呼ばれる間柄でなければ
きっと何週間も会うことはないんじゃないかと思う。
彼は忙しく、そしてとても大切にしているものがあるからその分二人の時間は少なくなってしまうけど
ありきたりに『テニスをしている彼が好きだから』それでもいいと思えてしまう。
こんな一方的な見つめ方でも、私はなぜだか幸せになってしまうのだから。

たくさんの女の子達とフェンス越しに見る彼の目には
仲間とボール以外何も映りはしなくて、
安心するようなちょっとだけ嫉妬するような。


・・・・ただ一瞬、胸に痛みがじわじわと広がる―思わず目を逸らす時。
水野さんというマネージャーが休憩時間にドリンクを配る、 タオルを渡す、声をかける。
彼は優しいから、そんな彼女を必ず気にかける。
そんな時、馬鹿なことだとわかってるのに私の心はちくちくと痛む。
話しかける水野さん、答える柳生くん。
ほら、貴方の優しさにふれて彼女は嬉しそうに笑う。

鞄を握り締める。
ねぇ、恋する女なんていつもいつも心は嫉妬でいっぱいだよ。
でも「私以外に優しくしないで」なんて・・・・傲慢すぎて言えるわけない。
馬鹿らしすぎて言う気もおきない。

なのに辛くてしかたない私はくるりと方向転換しておとなしく家へと帰ることにする。
後ろ髪をひかれながら――。



テニスをしている時の貴方に、一瞬でもいい、私を思ってくれる時間があれば―・・・・。
そう願う。けれど逆に彼のテニスに私の入る隙間なんてなければいいとも思う。
・・・・・きっと彼は己の“一番”の中に余分な人間なんて入れないから。

彼に続く道の先にいるのは私じゃないから、彼の『最後』は私じゃないから、
例えどんな人相手でもその“不可侵”の域に入れて欲しくない。

今の『私』、という恋人をそこに入れないで。
私の後ろにいる『誰か』をそこに入れるための道標になんてなりたくはないの。








帰り道、一人でゆっくりと歩いているとコンビニのある十字路に差し掛かった。
夕方の長く伸びた自分の影を見ながら歩いていた私は
ふと何気なく顔をあげて、コンビニの方へと目を向ける。
丁度人がでてくる所だった。
夕日にあてられてその人の顔は見えない。
ただ着ている制服で立海の生徒だというのが分かった。
手には小さなビニール袋を持ち、それ以外は何も持っていない。
背格好から男の人だろうと予想がつく。
そのまま通りすぎようと顔を背けた目の端で
その人物が私の方へと視線を巡らせたのをとらえた。


さんじゃん!」


踏み出そうとした足がびくりと止まり、名前を呼ばれた方へと反射的に振り向く。
私を呼んだであろうその人は大きめのコンパスでコンビニ前の駐車場を歩いてくる。
眩しすぎる夕日から逃れた彼は紅めの髪をさらに真っ赤に染め上げられてそこにいた。
私は思わず内心の驚きをそのままに、瞠目したまま声をあげた。
彼の口元ではいつものように、膨らんだガムが見事な丸をつくっていた。


「丸井くん!?」


驚きと確認の色の入った声に答えるように
彼はひらひらと手を振って答えてみせる。
距離はすでに数メートルの所まで縮んでいた。


「よっす!今帰り?」


その言葉に肯定する意味で微笑み軽く頷く。


「丸井くんは?部活はいいの?」


この時間にこんな所にいるのを不思議に思い問いかけた言葉には答えず
彼は無言で手に持った袋を指差した。
つられるようにして中を覗きこめば、いろいろなパッケージのガムがいくつも入っていて。
納得して笑いかける。


「ガム、ほんとに好きなんだね」

「もち。オレの源だし?」

「膨らませるのもプロ級だよね、丸井くん」


「私すっごい下手なの」と肩をすくめれば彼は一瞬後に笑いだした。


「プロ級って何だよ、プロ級って!・・・・んなプロがあってたまるかって」




声をあげて盛大に笑う丸井くんにどうしたものかと困り顔で思案する。
しかしすぐにそれを放棄して、同じようにくすくすと笑い合った。
かすかに動く肩と連動して鞄についた鈴がちりんちりんと音をたて、
それはすぐに笑い声の中に消えていった。

口元に広がる笑みを誤魔化すように軽く下を向き、一度視線を横に流す。
そんな私を見て、丸井くんが片眉を上手に引き上げてしたり顔をした。
「何?」というように見つめた先で、彼は意地悪な笑いを浮かべる。


「お前っ・・・・」


不自然に途切れた語尾は彼が笑っているせいだと気づき
さらに疑問符を増やした瞬間――――
「お前のその笑い方、柳生とくりそつ!!」

そう言った彼に私は頭の中の疑問符を吹き飛ばし、
思わず「は?」とも「え?」ともつかない微妙な驚き方をした。
じわじわと言われた言葉が体中に行き渡る。



そして揶揄を含んだ眼差しに触れた途端、一気に羞恥の嵐が吹き荒れた。

うわ・・・・きっと顔赤い・・・・。

何が恥ずかしいのかよく分からないけれど
何かがとにかく恥ずかしく体温が一気に上昇した。

言われたことがことだけにどう反応したらいいのか見当も付かず黙り込む。
心を静めることに集中しながら彼が笑い終わるのをただ待つしかできなかった。


からかう様に言葉を続ける丸井くんに、半ば無理矢理会話を打ち切って。
思い切り照れ隠しだとバレるそれに私は内心で頭を抱え込む。

最終手段として口にする「部活はいいの?」と言う言葉。
効果覿面なそれに私は知らず安堵の溜息をもらした。








さんってマジ柳生の好みストライクだよな。
 赤也とかジャッカルが羨ましいぜ〜って言う気も分かる分かる」


優しくてー、落ち着いててー、頭もよくてー・・・・と帰り際、
褒め言葉を延々と並べてくれた丸井くんにくすぐったさを感じ。
「自慢の彼女だよな〜」といってガムを膨らました彼に、
・・・・・・胸の底に重い何かが沈んでいった。
数歩歩いては、止まりそうになる足を叱咤して動かす。

負の感情を持ち、嫉妬ばかり感じる自分に対しての罪悪感と嫌悪感。
『自慢』だと言われた言葉にはそれと少しばかりに嬉しさしか感じなかった。


――――辛い・・・・。
彼の好む人間になりきれないのはあたり前。
でも・・・・それが嫌われる要素になるのが怖くて辛い。
だったら演技でもいい――彼の望む『彼女』になりたい。


少し前人気のない放課後の教室で丸井くんの彼女だった人が泣いていた。
床に座り込み嗚咽をもらす綺麗な人に――友達だろう人が言っていた言葉。
『テニス部の彼女はみんな絶対どっか辛いんだよ』
彼らがこの学校にとって“特別”な存在なのだと胸に響いた言葉だった。
その次の日、丸井くんとその人が別れたと聞いた。

・・・・・そして私もその辛さを身を持って知る。
好きなだけじゃ駄目な恋があること、
好きだって言われるだけじゃ拭えない不安があること、
大好きな貴方相手に知りたくなんてなかったよ。






ちりちりと胸が痛む。
毎日のように突き刺さる棘が鋭すぎて、壊れそうだよ。
電話越しに私の声、震えてないよね?
握り締めた右手は貴方を求めるように絶えず震えているけど。











さぁ、笑え!
らしくもなくテンションを上げて毎朝自分を叱咤する。
彼に見せる笑顔は絶対に偽物なんかにしたくないから。


付き合うようになってから、私達は学校近くの駅で待ち合わせて登校する。
彼は上りの電車で、私は下りの電車で、降りるその駅にはいつも私の方が少し遅くなる。

白い柱に軽く寄りかかり腕を組んで待つ彼に毎日私はときめいてる。
私が近づくと必ず彼は私を見て、
かすかに表情を和らげ私達の間にある少しの距離を、彼の方から縮めてくれる。
そんな優しさに包まれて私はやっぱり自然と笑みになる。

大丈夫だ。きっと今日もいつも通りに笑ってられる。
こんなにも彼は私に幸せをくれるのだから、笑えないはずがない。
促すように差し出された手をとったら、ぐいと引っ張られて彼の隣へと移動していた。



彼と過ごすこんな時間が好きだった。
話しかけられる、笑い返す、話しかける、笑みが返る・・・・。
彼がいるだけで心は落ち着く。優しくなれる。

一瞬、幸せな思考の中へと意識が落ちた。
そして数秒後に耳慣れた声で名前を呼ばれているのに気づきはっとなった。


さん?」

「・・・え?あ、ごめんなさい。何?」


焦って微かに赤みをおびた顔で見つめるに柳生が笑った。


「いえ、ただ今度の日曜はあいてますか?、と」


ぱっと嬉しさが広がる。
今の私は絶対に笑っているだろう。
ほとんど間をおかず無意識のうちに満面の笑みで頷いた私に、
彼は一時黙って眼鏡のズレを直す仕草をした。

柳生くんに合わせて早めに登校しているため、周囲にはあまり生徒がいない。
周りの視線を気にしなくていいことが私にはとても楽だった。



校門をこえた所で「行き先は――――」何処?と続けようとした私の声に
別の声がかぶった。
彼の名を呼ぶ声。
その方を向いた柳生くんにつられて同じように顔を向けた。
鼓動が、跳ね上がる。


「柳生くーん!ごめん、ちょっといーい?」


そう少し離れた所からよく通る声がして、
バインダーのような物――きっとテニス部のデータか何かだろうを持った水野さんが
小首を傾げるような仕草で手招きをしていた。

・・・・「すみません」でしょ?
貴方の言う言葉ぐらい柳くんじゃなくても予想がつくよ。
貴方の優しさなんて私が一番よく知ってるんだから。

案の定「すみません」から続く彼の言葉に私は笑った。
笑って「いってらっしゃい」と上手く言わなくちゃ。
でも少しぐらい許して。
完璧な笑顔にできなくても少しぐらいなら許してね。

私を見て一瞬止まった彼は、その後「続きは帰りに・・・・」とそう言って早足で歩いていく。




冷ややかな自分が、そこにいた。



・・・・・彼女は、彼の『一番』を使って私から彼を引き離す。



一瞬の内に駆け巡った負の感情にはっとして、頭をふった。
水野さんは何も悪くないのに―・・・、何を見ても悪くしか捕らえられない自分が情けない。
小さく深呼吸をして校舎に向かって歩き出した。
それでもちらりと目の端で盗みみた二人に心はかき回された。



どうしたら私はもっと広い心で貴方を愛せますか?



そろそろ息苦しくて仕方がないよ―――。














放課後の部活前のわずかな時間、彼は言ったとおりに私に会いに来た。
一番廊下に近い側にいた私に柳生君は声をかける。

彼はとても人気者だ。
だってほら、こんなにも視線が痛い。
・・・・・いつもは結構平気なそれがやけに痛く感じる。
どうしても目が伏せってしまうのを止められなかった。

そんな私をみて柳生君が眼鏡の奥で目を細める。


さん、どうかしたのですか?」
朝から様子が変ですよ。


彼はとても感情の動きに敏い。
少しの変化をちゃんと気づいてしまう。
・・・・ありがとう。
貴方のそんな優しさで私はいつだって救われるから。
「そう?なんでもないよ」
そんな言葉と一緒に笑えるんだよ。


「それより日曜日は何処行くの?」
楽しみだな・・・!

―――無理はしてるけど、嘘じゃないよ。





校舎をでて並んで歩く。向かう場所は違うけど。
私を見ていた彼が、ふと前を見つめた先には水野さん。
開いていない部室の前でウロウロとしている彼女はまだこっちには気づかない。
それにほっとするのは隠せない。
横を見上げる。彼を見つめる。
数秒たってからじゃないと彼は私に気づかない。

ねぇ・・・・貴方が見てるのはマネージャーな水野さんだよね?
水野さんがするマネージャーなんかじゃないよね?
私の前にあるのはテニスだけだよね?
我儘なその問いに貴方は何て答えるだろう。
ぐるぐると交差する思いに胸がつまる。
喉から言葉が出かかって、留めるために足が歩むのをやめた。
しかしそれがスイッチになる。
彼との間にできた距離に私は思わず手をのばす。





「何よりも・・・・・なんて言わないけど、」


右手が勝手に彼の服のすそを捉まえた。衝動的なものだった。
驚いたような彼の視線が私に注ぐ。


何よりも・・・・・なんて言わないけど、――言わないから、
「・・・・・他の誰より大切にして?」








・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
懇願するように見つめたまま、ぼーっとした頭に今言った言葉がリフレインする。
――他の誰より大切にして?・・・・・?

って、えっ・・・・、私・・・・!今何言って―――。
ようやくピントのあった目で彼を見つめ、固まっているその姿に一気に頭が回転しだした。
ぱっと右手を離して一歩下がる。
熱が身体を駆け回るのがはっきりと感じられた。

あまりの馬鹿さと恥ずかしさに倒れてしまいそう・・・・!
くらくらとするのを止められなかった。

かくん、と力の抜けた膝に体が揺らいで座り込みそうになるのを
前方から伸びてきた手が支え、強すぎるぐらいの力で上に引っ張り上げられる。
少しズキズキする腕に戸惑いと羞恥を覚え、
叫びだしたい衝動を無理矢理に押さえ込み、
逃げ出したいと動き出そうになる足を縛りつけ、やっとのことでお礼を言った。

全身が逃げ出すチャンスを待っているかのように敏感な五感へと変わっている気がする。
しかし起きて欲しいチャンスが起きるはずもなく、
わずかな間二人が二人して沈黙した。

ぽつり、と柳生が呟いた。


「貴女は全く・・・・」
口元に手をあてて視線をわずかに横へとずらす。


こんなに大切にしていると言うのにまだ足りないという


「え・・・・・・?」
手で隠された柳生の口元は明朗な笑みがはっきりと浮かんでいた。


何かが崩れる、感覚がした。
それは疑惧心とか危惧心だとか・・・・・ずっと胸におちていた不安で。
見つめた先ではもういつも通りの彼に戻っていたけれど、
私の言葉を聞いても優しげな目をしていた貴方は幻なんかじゃないよね?






「・・・・・取り合えず、今日は最後まで見学していって下さい」

「な、何を?」

思わずどもってしまったを柳生は半分呆れた目で見つめた。

「テニス部の練習をですよ」





「いつもの様に練習半ばで帰ってしまうなんて無粋なまねはしないように」
―気づかないとでも思っていたのですか?





そんな言葉をくれた貴方に、何故だか無償に泣きたくなった――。





















以下おまけ



「おっ、ちゃんじゃん!こんな時間までいんの珍しくね?」
「・・・・私がそう進めましたので」
「丸井、名前で呼ぶと柳生が怒るからやめときんしゃい」
それに柳生は否定しない。


「中入れてあげないんスか?副部長いないし問題ないっスよ?」
「・・・・言ってもさんは入ってきませんよ」
「入ってくるだろい。柳生の言うこと聞かねえはずないっしょ」
柳生は無言で眼鏡の淵を押し上げる。

「それは間違いだな。は90%以上の確立で入ってこない」
「何でっスか?」
それに柳はふっと笑う。

「聞くだけ野暮なことだ」

「まぁそれだけ柳生が愛されてるってことやね」


君を想う5つのお題1&2より