Prince of Tennis









たまに壊れる自分という存在。
ふと何かのタイミングで、自分の内側から這い出してくるそれは
とても不定期に私を蝕んでは途方もない鬱の中に打ち落とす。
独りきりの夜、眠れないそれが決定的な合図。





ふるえる声





ベットに寄りかかるように座りクッションを抱きしめる。
大した理由も見つからないまま胸に湧き上がってくる何か。
それに反応して感傷的になってる自分がいる。

眠気のこない身体を半ば強制して眠りへと落とそうと、
数十分前に消した部屋の明かり。
曇り硝子の窓の向こうで逆光に照らされた電線が揺れている。
電気を消したのは失敗だった。
室内の暗さは心を占める暗雲をただ助長させるに禍にすぎない。
例え人工的で物質的な明かりであったとしても今の私には必要なものだったというのに。
眠れない理由を考えもせず明かりを消した数十分前の自分が恨めしい。
これ以上目が冴えてしまうのが怖い私は部屋の蛍光灯を付けられないままクッションに顔を埋めて
悪夢を見ても親の所に行くことすら恐怖してしまう幼子のようにじっとしていた。

・・・・・電話――。
こうなった時、いつも助けを求めて電話をする。
夜遅くに迷惑だと分かっていても止められないそれ。
それを今抗うのはつい最近にも同じような内容の電話をしたことがあったせい。

手を伸ばして、携帯を握り締め、ことりと床に手を下ろす。
今またかけたら貴方は「たるんどる!」と怒るだろうか。
それとも呆れるのかな。
いつものように話に付き合ってはくれないだろうか。
思いながら手が勝手に動いていく。
消音済みのボタンを数回押すと、
顔はクッションに埋めたままなくせに手の中の携帯は遠くコール音を鳴らしてる。
力のない手で耳元までそれを持ち上げた。
いつもと変わらない、その声。


『・・・・・何だ?』
低く、耳に響く。
「何でもない」
『無くはないだろう。・・・・またか?』
うん。
小声で肯定して。
今回は間が短いな、と
微妙にノイズ混じりに聞こえる弦一郎の声に安定を取りもどす自分がいる。
夜遅くに、ごめん・・・・。なんだ、今更だろ。
うん本当に今更だ。もうすぐ日付が変わる時間帯。
だというのに彼は今まで一度たりとも電話を無視したことがない。
厳しくみえて、とてもとても優しい人。


「ねぇ・・・わかんないの」
『・・・・そうなった原因がか?』
何も、なかったはずなのに。

声は泣き出しそう聞こえたかもしれない。
実際には震えてなんていなかったけれど。
それでも彼にはきっと震えた声に聞こえているのだろう。
一瞬息をつめるかすかな音を電波が伝えてくる。


『おまえは無理をしすぎる』
「弦一郎に言われたくない・・・・」
『俺のは無理とは言わない。あれが素だ』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
『おまえは無理をしていられる程強くはないだろう』

そんなの、そんなこと、とっくの昔に気づいてる。
それで駄目になってるのは私だもん。




「強くないよ。あたり前だよ」
『そうだな』
「でも弱さしかないわけじゃないよ」
『知っている』
淡々と、既に知っている事実を肯定している風の彼。

誤魔化しが利かない苛立たしさ。
幼い自分の全てを見抜かれていそうな恥ずかしさ。
強さを取り繕っていたいと望む自分自身への愚かしさ。
・・・・それでもどんなに堕ちても引き上げてくれそうな彼の力強さ。
もしかしたら私よりもずっと私の奥底までを知っているのかもしれない。




「強くなりたい」
『嘘だな』
「ウソじゃないよ」
『おまえはただ強く在りたいだけだ』
他の何者も己の中に入ってこないように。

違うのかと抑揚のない声できっぱりと言い切る。
言葉が詰まった。

彼は大丈夫か?と心配げに囁くのと同じ声で
触れられたくない本心を的確に、そして残酷に提示する。
常に安らぎと同じ分だけの痛み与えてくる。
・・・・・だから私は彼が好きで、彼が特別なのだということに最近ようやく気がついたのだけど。
優しさをくれるだけの人はたくさんいる。
私はきっと甘さだけじゃ先に進めない人種なのだ。


『図星か』
「・・・・優しくしてよ」
『馬鹿言うな。おまえは優しくすると凡庸に甘える』
「どう言う意味?」
『おまえは"適度"で苦難のない所で止まり、そこから抜け出そうとしない』

・・・・どうしてそんなにも当たるの。
「厳しいよ。もっと甘くして」

凡庸に甘える私を許してよ。
ベランダからちかちか光る街並みを眺める。
あの方向に電話越しの彼がいる。




一呼吸おいて低く心地よい声が聞こえてくる。
聞き逃しそうなほどわずかな空気の震え。笑ってるの?

それは無理だな。
『生憎だが、おまえを弱くする優しさなど持っていない』

・・・・持ってなさいよ。
鼓動を高めた感情が一体何と言うのか、私は考えている間もなく
泣き出しそうな笑いがこみあげてくる。
どうして貴方みたいな人がいるの。
どうして貴方はそんなに強いの。

みんなみんな弦一郎みたいに揺ぎ無いわけじゃないよ。
見せつけないで。
弱い私に見せつけないでよ。
同じ地点に立ちたくなるじゃない。




『おい・・・・聞いてるのか?』
「聞いてるよ。弦一郎の声なんてこっちの都合にかまわず耳に入ってくるんだから」
『・・・・・それはすまんな』
「褒めてるんだよ」
『理解不能だ』
「語学力の向上を目指して下さい」
切り替えし早く言ったに真田は電話の向こうで緩く笑った。

『直ったな』
「・・・・・うん。ありがと」
『いつものことだ』
うん。・・・・・ありがとう。

今度は別の感情をやりすごすためにクッションをさらに強く抱きしめる。
間違って携帯まで握り締めて逆に手が痛くて笑いたくなった。







「日付変わっちゃったね」
『気にするな』
「ごめん。弦一郎、朝練あるでしょ」
『構わん。俺がしたくてやったことだ』

ねぇ過去形を使わないで。
間違うのなんてらしくないじゃない。
勘違いしちょうよ。
俺がしたくてやること、でしょ。
そうしないとこの電話の方だって勘違いしちゃうよ。

電話では伝わらない苦笑い。
同じように彼も向こう側で苦笑していることを私は知らない。




『今日はちゃんと寝れそうか?』
「・・・・・努力する」
『そうしてくれ。じゃないと俺も眠れないからな』

ねぇ。
・・・・・ねぇ。誤解しちゃうよ。
だから言って。もしもそれが本当なら。
私の思った通りなら―――・・・

「ちゃんと言ってよ・・・・」

間違ったままの私を放っておかないで。

「いつもみたいに・・・・・・」

的確な言葉を―――・・・。
痛いぐらいの的確な言葉は弦一郎の専売特許でしょ。





『鈍いなおまえは』
これだけ言ってもまだ分からんとは。




・・・・・分かったよ。

聞きなれた声が欲しい言葉を語る。
脈絡のない唐突な私の言葉を、彼ははっきりと理解して
私の好きな声で欲しかった言葉を躊躇うことなく語って。

「・・・・・いつから?」
声は現実にも震えてる。
『こうなった時の最初からだ』
「ウソ・・・・・・・・・・私気づいたの最近だよ」
『ああ、だから今まで言わなかった』
負け試合をする気はないからな、と。




「――ありがと」
『何がだ?』
「弦一郎が好きなのが私だってことに感謝してるの」
『・・・・・・・・・そうか』
嬉しそうな声が私を嬉しくさせる。
「うん・・・・じゃないとたぶん今頃私、壊れてるよ」
『大袈裟だ』
「本心だよ」
・・・・こんならしくない言葉は二度といわないから。
胸の中で呟いた言葉、それはきっと弦一郎も知っている。


「幼馴染卒業だね」
『・・・・やっと、と言った所だな』
「何?聞こえない」
『何でもない』
「・・・・・・・・馬鹿」
『聞こえんな』
しれっとした声。

「いい性格してるよね、弦一郎は!」
『猫かぶってるおまえには言われたくないな』
「かぶってるわけじゃないよ。皆が勝手に誤解するだけです」
『誤解を否定しないなら同じことだ』
「・・・・・・・・面倒じゃない」
はぁ、と電話越しにため息が聞こえてくる。
、だからおまえは馬鹿なんだ。
言われた言葉は否定できない。

「何とでも言って」
『ああ俺にはその権利があるからな』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
『ちゃんと寝ろよ』
「・・・・・・・・・・・・・・うん」
『そろそろ切るぞ?』
「・・・・・・うん、おやすみ」
『ああ』
「『・・・・・・・・・・・・・・・・・・』」

切るぞ、なんて言いながら絶対彼からは電話を切らない。
端々まで使われてる優しさに気づかない私じゃないよ。

「ねぇ、真田くん」
『何だ・・・・・・
「もう猫かぶるのはやめることにします」
だから明日、覚悟してね。
何か言う声が聞こえたけど、言ってそのまま電話を切る。
言い逃げするのは正直楽しい。
憂鬱だと感じることの多い学校が楽しみだと久しぶりに思った。








次の日。
その姿を見つけて往来のある廊下で少し先から名前を呼んでみる。
「弦一郎!」

あまり接点のない“真田くん”と""を取り繕うことを自分に禁止した。
まずはそこから始めたいと思った私はなんていい彼女!
自分で言ったら馬鹿みたいに笑えてきて
走りよったその人の隣で驚いた顔を見上げ、
注がれる痛いほどの視線に負けないぐらい強くなろうと思った。






君を想う5つのお題1&2より