Prince of Tennis









新学期早々の昼休み。
いつものように集まったレギュラー陣に加えてそこには珍しく部長幸村の姿もあった。
それは非常に圧巻で、他の人間をよせつけない。
しかしそんな男ばかりの中に一人だけ異色の制服を着た人間
――ようするに少女、が混じって座っていた。
彼女は手の中にある食べかけのおかずを箸でいじりながら
周りの会話に参加するでもなく、手持ち無沙汰そうにしている。

そうこうしている内にそれにも飽きたのだろう。
半分近く残っている中身も気にせず弁当を片付け始めた。
それをすぐ隣に座っている柳が窘める。
しかしそれを聞かず嫌だというように首を振り、ふいっと顔を背けてしまう。
柳が溜息を吐く。
それがいつも決まって行われる彼と彼女の日常であった。
そしてそれを見た周り、丸井や桑原が千切ったパンやお菓子をあげるのもまた
いつも通りの彼らの日常である。
差し出されたお菓子に「ありがとう」と言って口元だけで微笑む。
それを見た周囲は満足そうに笑って再び会話を再開したのだった。


はパカリと携帯を開け、作りかけだったメールを打ち始める。

    『この間は楽しかったです。乾くんと彼女さんにもそう伝えて下さい』

そんな言葉からはじまる文章を書く
確信犯であったら相当いい性格をした少女であること間違いない。





それは息を飲むような





「ねぇ蓮二」

来た・・・・・と周囲は思った。


このという少女は普段あまり喋る方ではない。
ないのだが、唯一例外がある。
柳に話しかける時がそれだ。
彼女が「ねぇ蓮二」からはじめると途端饒舌な人間となる。

レギュラー陣はそれを聞くのが楽しいのでの話の邪魔をしない。
柳はすでに諦めているので放って置く。
別にがちゃんと聞いて欲しくて話しているわけではないと知っているので
聞き終わった後に軽く返事を返してそれで終わる。


しかし今日は違った。
何が違うと言えばの話した内容がだ。
一応柳にとっては大切な彼女で皆にとってはお気に入りののこと。
いつしかの数人の男にナンパされたという話の後には対応の仕方を事細かに教えたし、
探している本がどうしても見つからないといつになく落ち込んで話されれば
直接取り寄せればいいと機械なれしていないの変わりにネットで取り寄せてやったりもした。

しかし今回は話の色が違う。
そして自身の話し終わった後の様子も違った。
常ならば一気に言いたいことを言った後は普段通りの無口さに戻る
再び口を開いたのである。






最初は「こないだ乾くんに会ったの」という言葉からはじまった。
思えば最初の一言目から柳にとって聞き捨てならない話題であった。
しかしの言葉に反応したのは幸村で。

「乾って、青学の?」

そう尋ね、聞かれたは頷く。

「そう、その乾くん」




次の瞬間からのマシンガントークが発動された。




「彼が目の前に立ったと思ったらいきなり『君、蓮二の彼女のさんだろ?』って聞かれて
 『はいそうです』って答えたのね。そしたらいつの間にか乾くんと普通に会話してて、
 ・・・・・気がついたらマックでお茶なんかしてて。
 なんだか知らないうちに不二くんとか菊丸くんとか・・・・・あ、あと越前くんもいたかも。
 すっごい嫌そうな顔してたけど」


そこでパカリ、パカリと開け閉めしていた携帯を柳に奪われ
は少しだけ不満そうに眉をひそめ、しかし何もなかったように話を続けた。


「それでね、やっぱり乾くん、例のノートを持っているわけよ。
 私が何か話したり動いたりする度ノートにメモるわけね、何かを。
 そしたら今度はいろいろ質問されて・・・・・ほら、私って外ヅラいいでしょ?
 だから最初はすっごい真面目に答えてたんだけど、なんかその内素が出てきちゃって
 『あっ、ヤバい』とか思ったんだけど乾くんとか相手につくってもすぐバレそうじゃない。
 だから『まぁいっかなー?』とか思ったわけなの」


柳は聞いているフリをして聞いていない。
そして周りは聞いていないフリをして実はしっかりと聞いていた。


「得意な科目とか嫌いな食べ物とかいちいち聞かれて・・・・・・、
 ・・・・・蓮二は聞かなくても知ってるでしょ?
 だから私ちょっとだけめんどくさくなっちゃって・・・・・・・
 ・・・・・適当に答えてきちゃったから今度乾くんに訂正してきてね?
 そうしてたら次は乾くんに『一番好きなものは何?』って聞かれたの。
 だから答えたのね、蓮二って。」


この辺りから柳は瞠目しだした。
それには気づかず――気づいているのかもしれないが全く無視して話を続ける。
周囲は「さすがだな」と感心した。


「なんでそんなあたり前のこと聞くのかなーって思ってたら
 いつの間にか周りの不二くんとかも固まってて。
 あれ?って思ったらいきなり菊丸くんが爆笑しだして『乾まっけてるぅ』とか言うわけよ。
 私が『何がなの?』って聞こうとしたら、今度はいきなり乾くんがノートをパタって閉めて
 何か眼鏡が光るわけよ。キラって。ちょっと怖くて不二くんに抱きついたら『大丈夫だよ』って
 笑うもんだからほだされるって言うの?それを体験しちゃって
 いつの間にか携帯の番号教えてたの。でもそれは別にいいじゃない?」


いや、よくない。と全員が思った。


「そうしてる内に何故だか目の前にキレイな人がいて。
 ・・・・好みの人だったから仁王くん直伝の口説きでお友達になろうと思ったんだけど
 なぜだかその子の口調がトゲトゲしいのね。
 けどきっとそうゆう子なんだなと思って、普通に答えてたんだけど、
 そのうちだんだんその子が乾くん自慢をしだしたの。
 最初の方はへーって聞いてて、でもそうゆうのって飽きちゃうじゃんね?
 だから後の方は半分聞き流してたんだけど、ちょっと流れが痛い方にいっちゃったわけで・・・・・。
 でもやっぱ外ヅラは大切だって柳生くんが言ってたからちゃんと受け流してたんだよ。
 それは偉いでしょ?」


えらい、えらいと丸井が頭を撫で、
「外づらは、ではなく『外面も』です」と柳生が戒めた。


「だけどさ、オンコーな私でも我慢できないってことはもちろんあるわけでさ?
 あろうことかその子が『ね、乾くんってかっこいいでしょ?』とか言ってきて、
 恋するオンナな私はその裏にある言葉にはっきり分かっちゃうわけで。
 もう何て言うの?『私の乾くんが誰よりかっこいい』って感じで言うの、その子。
 何それ?笑えないジョウダンね、みたいな。
 ちゃんと言葉にして言えないんだったらいちいち言外に含まさないでよ、みたいな。
 思わず性格悪いオンナと化してしまったわけです、私。
 これじゃあ、蓮二に嫌われちゃうって思って口に出すのは頑張ってやめたけど。
 ・・・・・新しくニンタイって覚えたから嫌われなくてすむかな?って思うんだけど、どう?」


「『忍耐』だ。」と訂正を入れてから、
よくできました、とばかりにの頭をぽんぽんと1、2度撫でた。
それには柔和に微笑む。


「蓮二に嫌われなくてすむって思ったら、次はその子の間違いを直してあげなくちゃなって
 私は思ったのね。だから私が『一番は蓮二だよ。蓮二が一番』って言ってあげたのね。
 そしたらその子が怒り狂うっていうのかな?そうなっちゃって。
 ・・・・あぁ、図星さされて怒ってるんだなって思いながら乾くんに窘められる様子を見てたわけです。
 やっとその子は落ち着いたんだけど、マックの中の人みんな引き気味でさ。
 ヤだなーって思ってたら今度は乾くんに彼女自慢されて。
 その時になってやっと、私なんでここにいるんだろって疑問に思って
 乾くんのちょっとどうでもいい話無視して不二くんに
 『なんで私ここにいるんだと思う?』って聞いたのね。
 そしたら『乾が彼女自慢したかったんじゃない?』って言われて・・・・・・
 なんで私なのかな?って思うでしょ。聞いたら『立海の柳くんの彼女だから』って。
 それでようやくあぁ乾くんって蓮二に勝ちたいんだって分かって、
 だから私がね、無駄なことは早くやめられるように
 『蓮二に勝てるはずないからヤメた方がいいよ』って言ってあげたんだ。
 そしてら何か、あれ空気が凍るって言うの?なんか寒くって。
 クーラーききすぎてるのココ?みたいな。不二くんだけが一人平気そうにしてたけど・・・・・
 ほんと不二くんって不思議な人だと思ったよ」


話の締めくくりが“不二くんって不思議な人”で終わったことに
皆つっこみを入れたかったがやめておいた。




饒舌なを久しぶりに見た幸村は彼女の喉が心配になって
手に持っていたものを視界に入る位置にまで上げて尋ねる。

ちゃんジュース飲むかい?」

優しげな笑顔で聞かれてこくんと頷く。
周囲が何故だか静かなのには全く気にしないで二人はほのぼのと会話を続ける。
と言っても話しかける幸村にが一言二言返したり首を振ったり頷いたりしているだけだが。


そうしていると先ほど柳に奪われたの携帯が振動をはじめ、
コンクリートの上に直接置かれたそれが耳障りな音を発した。
それに一瞬皆の意識が持っていかれる。

からの位置では距離がありすぎて携帯には手が届かない。
しかしそれに構わず手を伸ばす。
するとが手を伸ばしきる前に未だ振動を続けるそれが彼女の手の中にあった。
柳が間をおかずにの方に差し出していた手を引き戻す。



パカリと携帯を開く。
お気に入りのその音は必要以上に開閉を繰り返してきたため鈍くなってしまっている。
そのことに対してか、あるいはメールの内容に対してか。
はほんのわずか――自分でも気づかない程度に――軽く眉をひそめた。


    『二人にそう伝えておいたよ。乾は「こっちこそ有意義な時間だったよ」って、
     彼女の方は・・・まぁ君も予想できるんじゃないかな?
     変わらず・・・と言うか前にも増して“乾好き”を公言するようになってる。
     そろそろ君にも負けないと思うよ“彼氏を想う気持ち”。
     テニス部一同も彼女と乾を応援してるしね』






はメールを見たまま数秒間固まった。
いや正確にはどう返信したらいいのか困り思案にふけった。
しかしそんな様子は周りから見れば“メールを見て固まった”ようにしか見えない。
当然周囲は何が書いてあったのかと疑問に思い、気になる。
そして気になって仕方ない丸井は隣からひょいっと画面を覗き込み・・・・無言。
取り合えず柳を手招きした。
丸井とは反対側から手が伸び、携帯を握ったままの右手ごと引っ張られる。
それをは嫌がるでもなく成すがままにされる。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

柳もしばし無言した。


・・・・・やっぱり言い方がまずかったのかなぁ。
は手の中から消え去り、メンバーに回される己の携帯を気にするでもなく呟く。
知らず口に出ていた、程度の呟きは
携帯を持った仁王の周囲で騒ぐ切原や丸井の声に邪魔されて数十センチも届かない。
しかしの側にいた柳は器用にそれを聞きとめ
騒々しいやり取りへと向けていた視線を隣の少女へと移した。


は己の思考に意識を向けていたので目には映像がぼんやりと映っているだけで
視覚はほとんど役にたってはいなかった。
だというのに、柳が視線を移してからわずかな時間差で
目に見える動きをもって首を動かし迷いもなく柳の方へ視線を向けた。
軽く首をかしげ、それから口を開く。
なんとなく言った方がいいような気がする、そうは思った。
意味を、尋ねられている気がして。


「さっき話したその後にちょっと馬鹿なこと言っちゃったの。
 “乾くんが蓮二に勝てないのはあたり前。だって私の一番が乾くんじゃないんだから”って」





息を飲んだのは柳だった。
瞠目を通りこして、思わず狼狽する。それは瞬間的なものではあったが。


――でもそれって他の部分じゃ蓮二が劣ってるって聞こえちゃう言い方だったのかな?
はそう続けて溜息を吐いた。
・・・・私が負けても蓮二に勝てるはずないのにね。

わずかばかりも揺らぎのない声。
それを持っては紡ぐ。

私が好きだから一番なわけじゃない。
一番の人を私が一番に愛すわけでもない。


蓮二を一番だと思ってる私が蓮二を一番に愛してるから
私が一番に愛してない乾くんは絶対蓮二には勝てないんだよ、って言いたかったのに。

――意図的に『私にとっては』と言う言葉をぬかした事実はしか知らない。



どうして私の話になるんだろ?
不思議そうには柳を見た。



柳は笑う。ふっ、とでも言うかのような笑み。
そしてその時丁度の元へ返ってきた携帯を隣から掠め取ると
慣れた手つきでそれを操作しメールを返信する。

『貞冶とその彼女に伝えてくれ。俺もも負けるはずがないと』

そう打って躊躇いなく送信ボタンを押した。
そして何事もなかったかのようにへと返す。
受け取りながらも微笑する。メールの内容は確認しなかった。
彼が人にあてたメールの中身を私が知っても意味はない。
そういう所だけはやけにさっぱりしているである。



二人が視線を周囲へと向ければ皆やたらと携帯を広げメールを打っていた。
にその意味は分かっていなかったが
柳は一瞥しただけでその内容が手に取るように分かった。
宛て先は“越前リョーマ”だったり“菊丸英二”だったりするのだろう。
彼らが不二の『テニス部一同も彼女と乾を応援してるしね』という
最後の一文に反応しないはずがないのだから。











昼休みの終了を告げるチャイムが学校中に響く。
や柳が立ち上がるとメールを打ち終わったメンバーも次いで立ち上がった。
屋上出口のドアへと歩く途中で切原が誰にでもなく話しかける。

「ねーねー先輩、今度は俺達がやってみません?乾サンがやったこと」
「お、それいいかも。なぁ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

言った二人に対しては無言だった。
その場面を想像してからぽつりと呟く。



「皆だとあの子をいじめてる感じがする」



想像した柳生と幸村が思わずふきだし、柳が苦笑した。
残りの4人は一瞬固まった後、「ひっでぇー!」と言いながら同じように笑う。
それを見たは悪びれもせず滅多になく声をあげて笑った。







君を想う5つのお題1&2より