Prince of Tennis









届かない。
届かせない。
ただ貴方の日常の一部の存在でよかった。





メニィ・マイ・マイン





この冬が終わったら・・・・春が来るね。
別れの季節だ・・・と言った友人に、寂しいの?と返したのは昨日。
からかい半分に言った言葉に真剣な眼差しが返って来て少し居た堪れない気分になった。
内部進学はしないと打ち明けたのはつい先日。
一学年の8割以上がそのまま高等部に進む中でその決断はとても特異に見えたかもしれない。
実際内部進学派の友人からはひどく驚かれた。
3年間通いなれた道、見慣れた校舎。
どうしてわざわざそれを捨てるの?と尋ねられて中途半端に笑って見せた。





最後の最後に運良くクジで引き当てた窓側の後方の席はいつだってお気に入りの席だった。
1年の頃からずっとそれは変わらない。
普段はそこそこ真面目な優等生をしている自分が唯一授業中に不真面目さを顕にできる所。
晴れ割った空を眺める、ノートに歌のワンフレーズをうつす。
ルーズリーフに手紙を書く、教室の中を見渡してみる。
大好きだったこの席を今はあまり好きではないけど。
こないだそう、ぽつりと呟いたら隣の席の乾くんに聞き取られて何故だと問われた。
相変わらず不思議だと思ったら聞かずにはいられない彼に私は笑って
「ここから見る放課後のグラウンドに覇気がなくてね、寂しくなるの」
と素直に返した。
一学年ぶん人数の減ったサッカー部が、野球部が、かすかに統制の乱れたその様子が
あぁ私達の場所はもうあそこにはないんだなぁって感じさせるのよ、と。
「おいおい、感傷的になるにはまだ早くないか?」と苦笑した彼に私も合わせて笑った。
そうね、とおかしそうに笑うその裏でこの場所を離れる決意を私はしていたのだけど。





やりたいことがある。そのために最高の努力をしたい。
でもこの温かな波にいつまでものっていたい、とも思った。
そんな私の弱さ覆したのは3年間側にいてくれた親友と3年間想い続けてきた初恋の人だった。
言葉なく分かり合える友人を失うのが怖くて、前に進めない私に彼女は言うのだ。


「私を思ってくれる分だけ前を見なさい」と。


なんて言葉を言う親友だと思いながら嬉しさに心から何かが溢れそうになったのを覚えている。
その言葉が私の最後の一歩に繋がった。
最初の一歩を進ませてくれたのは・・・・そう3年間見つめ続けてきた彼の人。
自分の全てをかけて夢を貫き通すその人に私の中の何かが突き動かされた。
進まなきゃいけないと感じ、
それはこの恋に終止符を打つことだとしても
一方的な恋のために捨てられる夢じゃなかった。








顔を上げて見た時計は4時すぎをさしていて
窓の外のグラウンドには少し暗闇が映っている。
気分だけ物悲しく見えるグラウンドから目を離して帰ろうかと腰を上げたところで
隣から声をかけられた。
右隣に座っている彼はこの学校の有名人。

「なぁ
「何?乾くん・・・・」

彼にしては珍しい声のかけ方だと思いながら隣の背高き男へと視線を移す。
そういえば珍しいのは声のかけ方だけでなく、
今この時間にこの教室にいることもだと内心で考えながら次の言葉を待った。

「ちょっと興味深い噂を聞いてね。君、内部進学しないんだって?」

どきり、と心臓がなった。
ただ一言そうだ、といえばすむことなのに何故か答えを言い淀む。
視線を泳がせて歯切れ悪く「うーん・・・・・どうだろ?」と苦笑した。
そんな私の反応を見て彼は一瞬驚いたようにこっちを凝視し
「ふ〜ん」とノートに何かを書き綴った。

「まさか本当に外部に進学するとはね。
 確率は高かったけど、の性格上踏み切れないんじゃないかと思ってたんだ」
乾は予想が外れたな、と肩をすくめて小さくこれはマズイと呟いた。


「え・・・?何?」
声を落として言った彼の言葉が上手く聞き取れない。
しかし二度言う気はないのかひらひらと手をふって
「いやいやこっちの話」と言うだけで続く言葉を教えてはくれなかった。
都合が悪くなるとすぐそうだ。
この半年間男子達にそうしている姿をよくみかけた。

そのうちにするりと話題を変えられてしまったことに気がついてはいても
何故か彼の問いに対する答えしか言葉になってくれない。

「でもなんで外部にしたんだ?青学にいたってかなわない夢じゃないだろ」

すっかりばれてしまっている誤魔化しに半ば驚きと不思議さを感じ
彼の中で私の外部進学は決定事項なのだと知った。
さすが、乾くん。
心の中で困ったように呟いて、背の高い男の顔を見上げた。

視線が高い――。
きっと彼との会話でもこの慣れない視線の差が存在するのだろう・・・・。





「テニス部の前レギュラーはみんな高等部に進学でしょ?それはなんで?」

質問を質問で返されて乾はわずがに沈黙し、レンズの奥からを見つめる。
それから答えを探るように頭をひねり一瞬の間ののち開口した。

「・・・・それはみんなそれぞれ違うだろうけど俺はこの場所が一番テニスをやりやすいと思ってるからね」
「だから青学を選ぶ?」
「そう」
「手塚くんや不二君がいるからここを選ぶ?」
「・・・・・まぁ否定はしないよ。強いライバルがいるにこしたことはないしね」

素直に頷いた乾を見止めてからは一端窓の外へと視線を移した。
先ほどの答えを促す無言の問いかけに待ったをかけるように。


わけを問うてくる人物は彼と同じテニス部で、
彼と同じ夢を見て、同じ道を歩いた仲間で。
決して接点のない自分と彼との最短距離が乾であり、
乾に意思を示すということは彼に示すことと同意義だった。
これが本当に最後の、・・・・最後の未練への断ち切りであることをは感じていた。

軽く息を吐いて安定さを欠いた鼓動を静める。
あの日から記憶の中のインパクト音が絶えず聞こえてくる。


「最大級の努力をしたいの。」
彼のした最大級の努力を私は絶対忘れない。
「好きな人を見ててそう思った。夢をかなえるために私にできる最高の努力をしたい」


、好きな奴いたのか。初耳だな」
そう言った乾に苦笑してあえて無視した。
数人残ったクラスメイト達はこちらを気にする様子もなく
弾む話に夢中になっていた。
それを横目で眺める。

「けどやっぱり迷っちゃって。そんな時、私の親友が―――」
「あぁ、6組の」
「そう、その子がね・・・・・・・・」

思い出して笑いがこみ上げる。おかしくて出る笑いじゃない、
嬉しくて彼女がいてくれたことが幸せで溢れるそんな笑い。

「『私を思ってくれる分だけ前を見なさい』って。
 もうなんか、そんな事言われたら止まれないじゃない」
大輪の花が咲き誇るようきは笑った。

「・・・・・なんというか、すごいな。の親友は」
「でしょ?」




「それが私の最後の一歩になったんだ」
穏やかに微笑んだに乾は目を細めた。

「じゃあ最初の一歩は手塚だね」
「えっ・・・・・・・?」

動揺に息をつめた相手を見やり
わずかに楽しげな色を含みながら乾は確信に満ちた問いをした。

「好きな相手って手塚だろ?」



動揺を驚愕にして無言で見上げてくる彼女ははっとして
「あー・・・・」だの「う〜・・・・」だの言いながら
後に続く言葉を必死に考えているようだった。
しかし出てくる言葉は自分の予想通りで。
そんな様子を見ながら己のデータに違いがなかったことを内心で喜んだ。


「うん。間違いないね。君、気づいてるかい?
 本当のこと聞かれるとって否定できないんだよ」


はっとして顔を上げて・・・・・。
思いもせず優しげな顔をしている乾くんが目に映って胸が詰まった。

私は・・・・・・。
私は、―――――。

紡ぐ気のなかった言葉が何故だかするりと口から流れた。

























「手塚!」

声に反応したのは呼ばれた当人ではなくその隣に居た人間だった。
「あ〜!乾。遅いじゃんっ!!」
不貞腐れぎみの菊丸に片手をあげておなざりに謝罪をする。
「悪い悪い。そう手塚。ちょっとマズイことになったぞ」
校門に背を預けて立っていた手塚に何がだ?と視線だけで問いかけられる。
あの四六時中固定されている面がどうくずれるかを予想しながら
ずれかけた眼鏡を直した。

、外部進学するそうだよ」

くっと乾の口はしが上がる。
普段感情を表に出さない手塚が一瞬目を細め、真っ直ぐに乾を見つめた。


「うっそ〜!?さん違うトコ行っちゃうの?ショックにゃ〜・・・・」
菊丸が騒ぎその相手を不二がするのを横目で捕らえる。

「へぇ、英二さんのこと知ってるんだ?」
同じクラスになったことないでしょ、と不思議そうに聞いた。

「知ってるって!ちゃんだろ?性格いいし、隠れ美人だって有名だもん」
笑った顔がかわいんだよなー!
言った菊丸に「たしかにね」と不二も同意する。
普段は特別目立つってわけじゃないけど笑うと華がある子だよ。

辛口評価がお得意な不二が素直に頷いたのは密かな驚きだった。
不二でもああいう子には好感を持つらしい。
これでまた貴重なデータが一つ増えたな、と考えつつも目だけは黙り込んだ手塚を追う。
直後には多少あった目元の鋭さもたった数秒で綺麗に消えうせ目の前のヤツは無表情を決め込んでいる。
まったくもって面白味にかけるヤツだ。
お前はなにか。感情を面に出さないことを生きがいにしてる人間なのか。
それともあまりに鉄仮面がドンピシャリにはまりすぎて剥がすに剥がせなくなった人間のなれの果てか。
あまりに表情を変えない手塚に飽きてつらつらとそんなことを考えていると
向こう側で唐突に会話が打ち切られ不二の声がこっちに側に飛んできた。

「・・・・で?」

それに繋がる言葉が何処か呆れたような響きを持って続けられる。

「それで、手塚は彼女が好きなわけ?」

不二は視線さり当人に向けて言い、しかし答えを待つわけでもなく
まぁ十中八九そうだろうけどね、と一人完結をし、
そして今度こそ呆れたように息を吐いた。

「馬鹿だね君も。乾なんかに探らせてないでとっとと玉砕しておいでよ」

なんかとは酷いな、という俺の言葉と
振られると決まっているわけではない、という手塚の声がかぶった。

「そう思ってるのに言わないあたりが手塚が手塚たる所以だよね」

俺の言葉をさっぱり無視されるあたり世の中の不条理を感じる。


・・・・そして俺の弁明をこれっぽっちもしようとしない手塚には絶対にいいニュースなど教えてやるものか、と心に固く誓う。
彼女には悪いけど。
そのかわり手塚に言いにいかせるから、と
帰り際に切なげに笑ったに言い訳をした。











「けど手塚と好きな人ねぇ・・・これほど似合わない単語はないにゃ」

テスト期間をのりきれるようたった一人のために開かれる勉強会。
その会場に向かって歩いていると前を行く菊丸がしみじみと言った。
ぽつりと言われた独り言に、途端反対側で笑いたそうに不二が口元をゆがめる。
咄嗟に握られた手を口にあてなんとかやり過ごそうとしていたが
それを目聡く見ていたらしい手塚が無表情に不機嫌さをプラスした。

「お前がテスト勉強する不似合いさには負けるさ」
なわけないだろ!手塚の方が上ですぅ〜!!」

言い返した菊丸に手塚が肩をすくめる仕草をする。
珍しい――を通り越してこいつのこんな仕草を見るのは初めてのような気がするのは俺だけだろうか。
・・・・・普段そんなことをしない奴がするとその効果は2乗するらしい。
全くもって新発見だ。
きーーっ!!というエフェクトを背負って荒れる菊丸を観察しつつ思う。

「いいもんね!手塚なんかいなくたって不二と乾がいれば充分だし〜!」
手塚はさっさと帰っちゃえ!

怒りを通りこし不貞腐れたような菊丸がドスドスと効果音を飛ばしながら歩いていく。
それに数歩遅れて手塚がついていく。






必然的に俺と不二は並んで歩くことになる。

「ねぇ乾」
「なに」
「なんで彼女なんだか知ってる?」
からかうネタでも探してるのか。
普段通りの顔の下で意地悪い笑顔が潜んでそうだ。
「あの笑顔に惚れたそうだぞ」
「あぁ・・・あの笑顔にね」
「納得だろ?」
「納得だよ。なんか・・・・。ないものねだり?」


もったいないねーと言った不二にそうかもしれないと頷いた。