「分かる、ような気がする。叔母上が何を考えていたのか。…というか何を望んでいたのか」
両手一杯の献花を一度抱きしめて、青く澄んだフェイタスの河に向けて手を放す。
風に流れた花と花びらが散って別々の流れにのっていく。
「リムに…抱きしめて欲しいんだよ」
母なる河に、そして多くの血が流された河に手向けの花を贈ったセーシスは独白するかのように言った後、
それまでの凛とした横顔を少しだけ伏せて長い睫毛の影をおとした。
それから何かを噛み締めるように、何かを渇望するように、今は存在しないどこかを見るように、双眸を細める。
「誰の血にもぬれていない腕でこの国を抱きしめて欲しかったんだと思う」
さあぁと風が吹いた。
否定も肯定も求めていない声音にゲオルグはただセーシスを真っ直ぐに見つめて、
同じようにフェイタス河へと視線を向けた。
「それは偽善かもしれないし、ただ上辺を見ただけのことかもしれない。
知らない所とか届かない所とかで流れる血はきっとあって、
『誰の血にもぬれない』のは意味のないことだって思うかもしれないけど、
僕はそれを無駄だとか甘いとかそんな風にしてしまいたくない。
僕はリムに一人でも多くの民に愛される女王であって欲しいし、
一人でも多くの民を愛せる女王であって欲しい。
けど一つでも多くの苦しみを知らない女王であっても欲しい。
叔母上も同じ気持ちだったんじゃないかって思うんだ。
リムのことをとても大事に思っていてくれたひとだから」
「――サイアリーズはきっとお前にもそうあって欲しかったんだと思うぞ」
「…無理だよ。だって僕も叔母上と、同じ側なんだ」
心が震えて込み上げてきそうになる涙を制す。
「そして僕も叔母上には、リムの側にいて欲しかった」
思い出すあのひとはいつも同じ目で僕やリムを見つめる。
優しさと温かさだけでできたような眼差しでいつでも僕たちを見ていた。
厳しいことを言われた時も、それこそ彼女が傍からいなくなった後でもずっとそれは変わらなくて。
変わらないからこそ痛みは強く、切なく、やりきれなくて、この傷はきっと永遠に癒えることはないだろうと思う。
――セーシス。
まだこんなにも凄絶に彼女の呼び声を思い出すのに、出せるのに、
その先に続く言葉を彼女がつくっていく、その先の言葉を聞く、そんな日は二度とこない。
ああどうしてなのだろう。今、傍らにあのひとがいないのは。
誰の手も放したことはないのに、大切なひとばかりが傍にいないのは。
「セーシス」
深くどこまでも落ちていきそうになった自分を引き戻すように静かに、力強く名前を呼ばれて顔をあげる。
ぽんと心地のいい重さが頭に加わり、剣士特有の厚みのある手が髪を撫でる。
そんなゲオルグの仕草に既視感を覚えて、次いでちらついた父の面影に胸が詰まり、
それでも今目の前にいて今自分にそうしてくれる人を見つめた。
見つめた先でゲオルグが困ったような切ないような複雑な顔をして大人の笑みで眼差しを温かく和らげる。
「ファレナ王家は俺が知る誰よりも、温かい。だが温かすぎて側で見ている俺たちは哀しい。
…哀しくて愛しくてかなわんな」
いろいろな思いがごちゃごちゃに混ざって基には何があったのかさえ分からない心に、
彼の持つ万感の思いが入ってきて、一人でたまらなくなった。
10.暁に想う 日が昇っているのに暁に想う。おもってしまうんだ。
一日を想う10のお題より
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