襲撃者。襲撃者。幽世の門。月の光。騎士たちの叫び声。
最後の笑顔。混乱する。絶望。歓喜。寒気。消える。貫く。
いとしい愛しい。
耐え切れなくなり、飛び起きる。
はぁっ…はぁ……。
今のは一体なんなのだ。
叩きつけられるようにして頭の中に流れこんできた様々なものに震えたまま荒い息をはく。
映像として流れてきたわけではないのに、視覚が何かを『見た』かのように訴え、
音として聞こえたわけではないのに、聴覚が何かを『聞いた』と訴える。
そんな筈はない。
がくがくと震える両手で顔を覆う。
だってあれは。
あの声は。
起きていることを誰かの目を通して見ていたような感覚。
いや違う。
誰かの見ていた出来事がそのまま自分にまで流れてきたようなそれは―。
聞こえたのは硝子の割れる音。
見えたのはたくさんの襲撃者。
聞こえたのは誰かの叫び声。
きこえたのは心の止まる音。
見えたのは、みえたのは――父の笑顔。
聞こえないその声。
瞬間襲った全てを虚無にするほどの絶望とそれから、身体への衝撃。
自分の身体から出る刃の切先。
なんなのだこれは。
混乱して、それでもわかってしまう。
理由などなくわかってしまうのだ。
これは本当の出来事。本当にあった過去で
見ていたのは父の姿、『見て』いたのは母。
あの全てが終わって全てが始まった夜。
なんでだ。
どうして……!
手に触れた髪を乱暴に握りしめて縮こまる。
痛い痛い痛い痛い。痛くて死にそうだ。
僕に映った母が、母を通して全てを見た僕の心が、
訴えて訴えて暴れまわる。
乱暴に爪をたてシーツにいくつもの筋ができる。
激情に流されて何がしたいのかわからない。
どうしようもない破壊衝動に負けて、引き裂いたクッションが無残な形になってベットの上に転がり、
遊ぶように舞う羽にさえも癇癪をお
こしたくなる。
目の前を落ちてゆく羽を右手ではらう。
…はらった右手が淡い光を帯びているのに気づいて一時見入る。
愕然とした。
過去の母と今の僕を繋ぐのはこの国の象徴である紋章。
それしかない。それしかないのだ。こんなことが起きる理由が。
ぎりぎりと右手を握る。
どうしてどうしてこんなものを見せる。
僕にそれを見せてどうしたい。
湧き上がったままの激情にまかせて右手を振り上げる。
柔らかなベットは衝撃を与えずにただ鈍い音だけをあげた。
傷ついているシーツにぱたぱたと涙が落ち、身体がどうしようもない悲しみに泣く。
痛い、痛い、痛い、痛い。
たすけて。痛い。痛くてたまらないんだ――誰か助けて。
許容量を超えた感情の波が何度も何度も押し寄せてくるのと同時に、右手がゆるやかに光を放って――
またあの絶望が襲ってくる。
声にならない声で絶叫した。
脳裡に映りだす光景。その中にいた人物を認めた瞬間、
裸足のまま部屋を飛び出していた。
*
綺麗な月夜だった。
夜半すぎになってから自室に戻ったゲオルグは、
愛剣を磨き、たまに酒を飲み、なんとはなしに外を眺めていた。
バンッ!!と音がしてとっさに掴んだ剣を片手に音のした扉を見る。
すると見慣れた銀色の髪が目に映りほっと息を吐こうとして―――、
止まった。
信じられないものを見たかのように目を見開く。
どんなことがあっても悲しみすら他人に悟らせようとしないセーシスが頬に幾筋も涙を伝わせて、そこにいた。
梳かれ乱れた髪。夜着はくずれ足は裸足のままだった。
尋常ではないその様子に声を荒げそうになって……、
言葉は、どんっと身体に感じた衝撃に飲み込まれる。
泣き、震えるセーシスの姿がすぐ下にあった。
「…何があった」
低く、低く、尋ねたというより無理やりにでも聞きだす意思を含んだ声が静かな部屋に響く。
泣きながら、それでも声を漏らそうとしないセーシスはただ強くゲオルグの身体にしがみついて、
背に爪をたてる。
「セーシス」
呼んでも何かを否定するように首を振ったまま答えずに。
視線を合わそうとしても異常なぐらいの力で拒まれる。
「…痛い」
「どこがだ」
話を聞かず駄々っ子のように首を振る。
「痛い痛い痛い。痛くて…死んでしまいそうだ」
「セーシス。本当にどうした。何があった!?」
顔を上げたセーシスの目は痛々しいほどに濡れて涙をこぼし続ける。
あまりのことに冷静さを欠いていた自分の心がまた大きく揺るがされる。
「痛い」
再びそう呟いて崩れ落ちるように座り込んだセーシスに慌てて膝をつけると、
また強く抱きついて離れなくなる。
入ってくる感情が自分の思い出として記憶として刻まれる。
父の、最後の最期の笑顔と
母の、最後の最期の思いで構成されたそれがようやく終わって、
必死に握り締めていた何かから力を抜いた。
かたかたと震える全身が異様に重く感じて、はっと短く呼吸する。
顔を上げたら自分を見つめる怖いぐらいに真剣な視線とぶつかった。
「何が、あった」
「……………紋章が」
逡巡した末にそれだけ言って、言った途端に鮮明な光景を思い出し、
一度は緩めた腕を広い背にまわして、激情に流されてしまう自分に耐える。
彼は何も言わなかった。
今の自分にはその理由も分かってしまう。
紋章のちからの重さを彼は母で知っているのだ。
母の子で母と同じ継承者でもある僕よりも、ずっと前から知っていたのだ。
見上げた先で彼の目がそれを如実に語っていた。
「大丈夫。――そうじゃない」
考えたであろうことを否定する。
自分の考えたことを否定され安著したようにしたゲオルグが、すぐに顔色を変え驚いたように僕を見た。
どうして分かった。何を否定した?
そういう目をした彼に首を振る。
今はただ何を口にしても言葉がとてつもない違和感となって押し寄せてきて、
上手く伝えられない。
ただ言えたのは――、
「母上のようには、ならない。約束できるから…大丈夫」
「……根拠はあるのか?」
「うん――。…違ったから」
そう言った僕に「そうか」とだけ言って、彼は“どう違った”のかは聞かなかった。
「……嫌だぞ」
「……………」
「俺は二度と嫌だぞ」
「………うん」
母を頼んだ父とゲオルグに感謝した母と嫌だと言った彼を思って、
深く深く頷いた。
二度と――、と。
4.振り返れば、錯覚 錯覚なんだと言い聞かせるのに
唐突な別れに贈る7つのお題より
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