GENSOU SUIKODENX









「王子はシスコンですねー」とつい一瞬前にカイルが言った。

シスコン?と聞き返すと妹が大好きってことですよとにこにこ笑って言われる。
ああだったら自分はまさしくシスコンだろうと納得して「そうだろうね」と答えた。

彼は僕に知らない言葉を教えることがたまらなく楽しいらしく、
一日に一つは新しい知識(知識とも言えない稚拙なものが大半であるけれど)を植えつけていく。
ある一定の方向にはてしなく偏っていたり、傍からみたら不要だと思われる種類の知識の数々に、
リオンや父上が何度か眉を吊り上げたりして、ある時などはミアキスが「わぁー破廉恥ですね」と笑っていた。
けれど太陽宮にいた頃は誰かしらに注意を受けていたそんな習慣にも、今は咎める人間はいない。

…ふと何かにつけて“いない”ことを実感するようになった自分に気がついて、
最近はそんなことばかりを考えているような気がする、とカイルの顔を意味もなくじっと眺めながら 思った。

なくなったものばかり、変わっていくものばかりに思いを廻らす自分に、
じゃあ今目の前にある――自分 の手で掴み取ってきた光景は一体なんなのだろうと思い、
ティーカップ片手にじっとじぃっと『目の前の光景』を見ていたら、
王子ったらーダメですよ!そんな風に見つめちゃったら倒れる人続出ですってばー。
と『目の前の光景』の代表であるカイルが大袈裟に照れる仕草をしながら言った。

全く予想だにしていなかった言葉で不意打ちをかけられて、思わずぽかんと、
照れる仕草をしている(ように見える)カイルを見つめた。
それから無意識に笑みが浮かび、一種の反射のように言葉がするりと口をでる。

「なんだカイルは倒れてくれないんだね」

手馴れた切り替えしのあとに、「残念」そう言って笑った僕に
カイルは一瞬だけ驚いたみたいな変な顔をして、それから気を取り直したようにへらりと笑う。
オレは努力しましたからねー。倒れるなんて勿体なさ過ぎてできませんよ!

…………あぁ…そう。
(努力って一体…)
なにに!?とかどうして!?とかどうやって!?とか、
思わずつっこみそうになった自分を制して、微妙な脱力感と共に相槌をうつ。
幼い頃からの成果か、この手のやりとりに慣れてきた自分はいるのに
それでも彼の言うことは時々意味が不明だし、わけがわからない。
その―天然のようでいて実は完璧に作られているみたいだと知ってから久しい―彼の思考回路を100%理解できる人間がいたら教えてほしいとすら思う。
彼を思い慕っている女性たちはどうなんだろう。
理解しているのかなぁ…、なんてことをやっぱりカイルをじっと凝視しながら考えてみる。
目の前にいる、この人物を、理解、かぁ。
無理だろう。(だって僕ですら無理なんだから)
なんて誰かが聞いたら傲慢だ!と思うようなことを無意識の内に考えながら、
穴が開くほど、と形容するのが一番ふさわしいだろうぐらいにカイルを観察していると、
先ほどまでの彼はどこにいったのか、カイルは「うぅ〜…」と唸って頭を抱え込んだ。

「………………?」

彼の奇行に首を傾げて、原因を追究しようと更にじっとじぃぃっと見つめると、
頭を抱えながらも何気にこちらを見ていたカイルが派手に撃沈した。

ごんっ、と音を立てたテーブルに、
(あれ?そういえばこういう場合に音をたてたのってテーブルとカイルの頭とどっちなんだろう?)
と自分でも的外れだなぁと思う疑問を感じて一瞬だけ本来の目的を忘れた。
はぁと溜息をつきながら顔を上げたカイルに一時前の疑問が戻ってきてああそういえばと思う。

「カイル、どうしたの?」

尋ねれば困った顔をした―困った困った。ああ困った。情けないなー―という顔をしたカイルがいて。

「いえね。まだまだ努力がたりなかったみたいだなーっと実感しちゃいまして」
「努力?………ああ…そう…」

意味を聞きそうになってからどこにかかった言葉なのかを理解して、またなんともいえない相槌を返す。
ついでに再び湧いてきた『努力』についての疑問は紅茶と一緒に飲み込んだ。
空になったカップを置いて、さぁもう出発してしまおう意味わかんないこの人は放っておいて。
と席を立とうとした瞬間に、カイルの言葉がそれを拒ませる。
くやしいばかりのタイミングの良さ。

「そうですよー。努力あるのみ!っというわけで今日の遠征、オレも連れてって下さいねー!」

(というわけでの意味がわからない!)

「……カイルの接続詞って使い方間違ってるとおもう」
「え〜?そんなことないですってー」

いつもの笑顔で笑う彼に、かなわないなぁ。とこちらもいつものように思って、
「まぁいいや。…じゃあ一緒に行こうか、カイル」
一緒に、の前に『今日も』と入れるべきなのを意図的に省いて笑いかける。
「はーい。お供しますよー」
と嬉しそうに言うカイルに、ああこの光景こそ失われなければいいと真実思う。






3.朝食後の小休止  
さぁいこう 僕たちの未来へ
一日を想う10のお題より