「貴方はおかしな方ですね」
「そうかな?」
「ええ。普通の人間は得体の知れない女を連れて歩いたり、仲間にしたりはしないものですよ」
仲間になったばかりのキャザリーを連れて城の主要な所を案内していると、彼女は唐突にそう言った。
脈絡なく始められた会話にセーシスは少し驚いたようにした後、困惑を含んだような顔で苦笑する。
「でも貴方は得体の知れないひとではないでしょう?名前があって過去があって、そして今ここにいる」
「…けれど殿下は私の過去も、今ここにいる理由も知らない」
「確かに知らないね」
「では何故?」
自分はもしかしたら他国の密偵で、この国の未来に不利益な情報を流すかもしれない。
あるいは話したこと全てが虚言で、実は間諜かもしれない。
裏切りの可能性は多分にある、素性を明かさない人間をどうして仲間にしたのかと尋ねられて
セーシス
は少しだけ考えるように言葉を探して、これだろうと思う言葉を口にする。
「ルクレティアが何も言わなかったから問題ないと判断した、のかな」
「…それだけで?」
「うん。確かに貴方のことを何も知らないし、だから何をもってと聞かれると困るんだけど貴方が仲間
になることを歓迎したのはあの時ルクレティアが反対しなかったから」
その言葉に軽く息をのむ音がしてキャザリーが目を見張る。
次いで飲み込めないものを無理やり飲む込むような顔をした彼女に、
自分の答えが一般的に短絡すぎる
ことを一応は知っていたセーシスが軽く笑う。
「私とメルセス卿の過去を信じたのですか?」
「うん」
「先程の会話の内容も?」
「うん」
「メルセス卿の判断も?」
「うん」
「メルセス卿自身も?決して彼女が裏切らないと」
「うん…いや、裏切らないことをというよりこの軍の妨げになるようなことはしないと、かな」
この方は――。
今までに感じたことのない、喩えるならまっさらな風が体を突き抜けたような感覚にキャザリーは二の
句が告げられずに一瞬黙り込む。
そしてルクレティア・メルセスという一癖も二癖もある人間をそこまで信じ、また信じられる程のもの
を受け取っているのだろう目の前の人物を心から感嘆した。
本物なのだ。
今更のようにそう思って、こんな質問をした自分の方こそ愚かな気さえした。
「それでも私は、裏切るかもしれませんよ」
心にもない、それが分かるほど戯れに言ったキャザリーに
それを感じ取ったセーシスは心の中でほっと息をつく。
真剣に向き合われたら精一杯の誠意を持って相手と接しようと心に決めていた。
それ故に生じていた緊張を解き、
フェイタスの河を思わせる蒼色の目で改めてキャザリーを真っ直ぐに見つめる。
「そうだね。でも裏切らないかもしれない」
「…………………」
言葉に含まれる全てを読むように沈黙してセーシスの目を見つめ返したキャザリーに
当の王子は悪戯を
打ち明ける子供のように一度小さく笑ってから、真摯な眼差しで、
僕はね人に会ったらまずその人を信じることにしている。
知らないからと言って疑ってかかったら見えてこないものってたくさんあるんじゃないかな。
そう言ってにっこりと、誰をも魅了するような笑顔で笑った。
これほどとは…。
心の中で呟いてキャザリーは過去の自分の認識の甘さに笑みが浮かんでくるのを感じた。
「羨ましいな」
「…………?」
キャザリーが思わずこぼした科白に首を傾げる。
いやなんでもない。そう言って笑った彼女に「そう?」と言ってセーシスは気づかれないぐらいに小さく頷き、
『初笑顔ゲットかな?』なんて思いながらそれをおくびにも出さずに同じように笑った。
4.哲学の昼下がり
一日を想う10のお題より
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