【なぜか祖国たちと青黒が異空間にいる話】
激しい銃声を聞きながら地面に伏せようと思った瞬間には既に右側から伸びてきた腕が僕の身体を押し倒していた。
そのまま覆いかぶさるようにされて頭を胴をそして何よりも腕を抱きこまれて、はっと思い抵抗をしたけど力では圧倒的に叶わない。
代わりのやめてくださいという抗議は銃声と青峰くんの声にかき消される。
「おとなしくしてろ、テツ」
「君がどいてくれたら静かにしてます」
それでも諦めずじたばたと足掻いていると僕の望みか叶うより前に盛大に打ち合っていた銃声が弱くなりだし、よく響く一発を最後に辺りに静けさが戻った。
余韻も消えた頃になってようやく外された拘束を自分からも振り払うようしながら起き上がって目の前の男の身体を急ぎ確認する。
「怪我は!?青峰くんどこか痛い所とかありませんか?」
紅く染まっているような箇所は見当たらなかったけれど不安で、ぺたぺたと服越しに触れる。切羽詰ったような声を出す僕と対照的な余裕そうな顔。自分がしたことの重大さも分かっていないかのような態度に心が波立った。
「大丈夫だよ。・・・お前は?怪我なんかしてねーだろうな」
一通り人の身体を眺め回してから「ん。ないな」と勝手に満足している頭を殴ってやりたかったけどそうするには感じた痛みが強すぎてできなかった。だから腕を伸ばして頭を抱きしめそこに哀願するように口先で淡く触れる。
「君はもっと自分を大切にするべきです。・・・お願いですから何よりも君自身を優先してください」
そんな僕の心からの願いはすぐに青峰くんに一蹴された。
「言われなくても大切にしてるし、優先順位とか間違ってるつもりねーよ」
ぺしんと額を弾かれてて、そのまま背後に回った手がぽんぽんと二度優しい強さで背中をたたく。
僕は何も言えないままただそれを享受した。
それでももし君に何かあったら。もし大きな怪我なんかしたら。
考えるとさああっと血が下がり手足が冷たくなるぐらいの恐怖を感じて、それが表にも出ていたのだろう。
黒子の不安を慰撫するように静かな、でも凛とした声がした。
「大丈夫ですよ黒子くん。あなたたちに怪我などさせません」
「本田さん・・・」
まだ背中を抱かれたまま振り返れば、そこには様子を見てくると言った後しばらく傍を離れていた本田菊の姿があった。
出会ったのは今日がはじめて。しかもそれはついさっきのことだ。
なのに彼がそばにいると心が落ち着くような気がしてほっと息を吐いた。
そんな気持ちを受け止めるように本田さんは僕を見て優しげに微笑んだとくるりと背を向け、数歩離れた所にいるアルフレッドさんと話し始めた。声は抑えられていて内容はよく聞こえない。
いつでも動けるように立ち上がり、辺りの様子を見回してみる。
隣では青峰くんも同じようなことをしていて、気を張り周囲を警戒している横顔は獰猛な大型犬――むしろもとの精悍さも相まって豹や狼といった“かっこよさ”を感じさせる。
豹や狼。
滅多にしないような連想を簡単にしてしまったのは本田さんに出会った『ついさっき』から少し後、合流した二人組みの存在があったからだった。
ギルベルトさん、ルートヴィッヒさんと名乗った兄弟の持つ鋭い眼光と周辺への強い警戒心が、そういったものを見慣れない僕からしてみたら二人をヒト以上の何かのように感じさせてなんとなく野生動物のようだなと思った。そうして浮かんだのがまさに豹と狼。
先程の銃撃戦のはじまりもギルベルトさんの野生的な何か(気配を感じる力とか第六感とかそういうものだ)によって先回りでき優位に戦えたようなのでそんな認識もあながち外れていないのかもしれない。
辺りを警戒しながら戻ってきた二人が菊さんとアルフレッドさんとやはり声を抑えて話し出す。
「ルートヴィッヒさんが『感じる』ということは・・・彼ら以外にもここに飛ばされた人間がいるのかもしれません」
「だとすると厄介だね!しかも俺たちだって他が来ててもおかしくない」
そんな会話を漏れ聞きながらふと、なにか嫌な感じがした。
なにが、と言葉にすると言い表せないけれどここに立ち空気を吸うことにさえ不安を覚えるようになにかが。
すぐそばにある、ずっとわずかに触れていた彼の手に意思をもって自分の右手を寄せればぎゅっと包み込まれる。
見上げた先で緊張をはらんだ瞳とぶつかった。
「黒子くん、青峰くん」
ちょうどその時に呼ばれて振り向けば自分達を見る四対の目。「ちょっと来て頂けますか」と手招きされて早足で近づいた。
この場所から移動しようと思っていること。
その間絶対に傍を離れないこと。
もしかしたら他にも誰かがここに来ているかもしれないこと。
そうなら助けなければいけないこと。
その四つを簡潔に伝えられて頷く。状況が全く分からない僕たちにはどうしたらいいかなんて判断はできない。
本田さんたちを信じることが唯一のできることだ。
「ではすぐにでも移動を――」
ルートヴィッヒさんが全てを言い終わらないうちに言葉を切った。
四人が一瞬だけ見つめあい――たぶんそれはアイコンタクトだった。一気に動き出す。
「こっちだ!」
先頭をギルベルトさんが、僕の左側にルートヴィッヒさんが、そしてすぐ後ろにアルフレッドさんが。右手は青峰くんに引かれていた。
囲まれて走りながら後方に向かって行った黒い影を追う。
「ですが本田さんが・・・!」
「心配すんな」
間髪を容れずに強い声が返ってきた。
「あいつは強い。個人の戦闘能力なら誰にも負けねーし、接近戦なら独壇場だ」
そう言うギルベルトさんの言葉には深い信頼がみえた。
他のひとたちが何も言わないのも同じように思っているからなのかもしれない。
後方にじっと目を凝らす。
剣を――違う、抜き身の刀を構えた本田さんが異形のものに突っ込んでいくのが見えた。
光の筋のように刃の残像だけ残して走り抜けるその姿は現実のものとは思えないぐらいの、強く美しいものだった。
でもそれと同じぐらい背後に広がる地獄絵図も恐ろしいもので。
恐怖を叱咤する僕にルートヴィッヒさんが言う。
「君たちのことは菊がなんとしてでも守るだろう。安心していい」
「・・・どうして、ですか?」
「なにがだ」
「どうしてそんなに僕たちを守ってくれるんですか?」
会ったばかりなのにと呟いた僕に、ルートヴィッヒさんは厳格そうな表情を少し緩めた。
「君たちが日本人で、俺たちは菊の友人だからだ」
「あいつは俺様の愛弟子だからな」
「俺は菊のヒーローだからね!君たちを助けるのは当たり前さ」
口々に言った彼らの他。
もう一つ、風に乗って声が聞こえたような気がした。
何があっても、必ず守ります。だって貴方たちは愛しい私の――・・・。
それは慈愛に満ちた優しい優しい声で僕の心を揺さぶった。
「今の・・・」
青峰くんの呟きがそれが幻聴なんかじゃないと言っているように思えてもう一度後ろを振り返る。
この世界が何なのか、『あれ』は一体何なのか、彼らは何を知っていて何者なのか、どうしたら帰れるのか。
疑問は尽きなく、むしろ時が過ぎるごとに増えていくばかりだったけれど不思議ともう不安は感じなかった。
BACK