常にない様子で体育館を去っていく背中が目に入る。
無意識のうちで厳しい眼差しとなった緑間の横で、高尾が言った。
低いトーンのせいか、それはやけに重く響く。
「・・・酷、だよなー」
「ふん。黄瀬ですら競わずして諦め、あの赤司にこれ以上はないと言わしめた連携は、ああいうことなのだよ。あいつの光だと名乗りたいのなら、超えるしかない」
「無理じゃねー?」
一拍の間もない返しに緑間は無言で答えた。
何も言わないまま荷物を持って歩き出す。
当然のように高尾が並ぶ。
「アレを超えるって無理じゃねーの。しかも真ちゃん言ったろ進化してるって」
「あぁ」
「いつからプレーしてなかったか知んないけど、少なくとも一年以上はあるわけでしょ。しかもお互い違うヤツと連携してて」
「全中の終わりからなら丸二年。心情的にはそれ以上、だな」
「それでいきなりやってアレだぜ?ありえねーわ。なんなのあれ?魂くっついてんじゃねーの?」
出入り口の扉先、隅に置かれたスツールの上に荷物をのせる。
語気を強めた高尾の言葉を、緑間も心の中で同意した。
ブランクを感じさせない所か青峰は今の黒子のプレースタイル――自身で抜き自身で決めるというかつてはなかったそれにすら、何の違和もなく合わせてみせた。
黒子も技をくりだすことに迷いさえしていなかった。
実際に目の前でやられると思う所は、大きい。
予感していた緑間にしてもそうであるのなら、他が受けた衝撃はどんなものなのか。
すぐ横に設置されている自販機でスポーツドンリンクを買いスツールに腰掛けながら、緑間は少しだけ同情した。
せめて一度。映像の中ででもいいあの二人の連携を見ておけと言うべきだったか。
そうすればある程度は――、思って我に返る。

俺には関係のないことだ。

同じボトルを手にした高尾が荷物を挟んだ隣に座る。
そして水分補給に集中する緑間とは逆に、キャップを開けるそぶりすらなく手慰みにボトルをいじる。
しばし静かになったことを享受しているとわずかな声を漏れ聞いた。
おそらく近くで誰か話しているのだろうと断じて意識を外そうとした瞬間にはっとなった。
耳慣れた声を脳が勝手に照らし合わせ、それが渦中の青峰と黒子のものだと認識する。
途端落ち着かない気になったことに苦いものを感じた。
気に障るようになった沈黙をちょうどよく打ち消す声に、顔をそちらへ向けて――後悔する。
「俺、真ちゃんが意識しまくってた理由がわかった」
「意識なんぞしてないのだよ」
まだテーピングをしていない指がギリっとボトルの表面を掻く。
「いやいや先週辺りからずっとしてたからね。分かり易すぎて先輩たちも気付いてたからね」
「そんなことはない!」
軽い口調、からかいの表情。なのに目だけが笑えていない。
「超えらんねーって壁にぶち当たったの、実は真ちゃんなんだろ?」
感のいい人間はこれだから嫌いだ。

帝光中時代。
確かに緑間にとってもあの二人の連携は――立ちはだかる大きな壁だった。

「キセキの中じゃシューターである緑間真太郎ってプレーヤーが一番黒子のパスを必要としてたはずじゃん。人事を尽くす!っていつも言ってるヤツがあのパス欲しくないわけねーよな」
「・・・・・・」
「でも黒子には青峰がいて。二人のあの連携を見て、無理だって真ちゃん思ったんだろ」

答えないままの緑間を置いて迷いなく言う。
それもまるでそばで見てきたかのような正確さで。
細く息を吐いてから大きく一口、冷たい水分を流し込む。
最後までキャップをしめて、ずれた眼鏡を直した。

「だとしたら何なのだよ」

緑間が超えられなかったものを、高尾は明言はしなかった。
あえてそうしているのだろう、へらりと笑う。

「別に?ただ今までの黒子や火神に対する奇行とか謎の言動とか、あぁそういうことだったのかーって俺が納得する」
「・・・・・・ふん」
「あ、否定しないんだ」
「お前は確信してるのだろう。だったら無意味なことはせん」

きっぱり緑間が言えば「・・・認められると現相棒な俺としてはそれはそれで複雑ー」と手にボトルを持ったまま後ろ手をついて不貞腐れたような顔に変化させる。
「お互い様だろう」
なにが?と訝しげ緑間を見る相手に言葉を続けた。
「“超えられない”とお前も思ったのではないか」
「俺は別に?影側だし青峰を超える必要ねーじゃん」
そういうことではない。
言いながら、わざわざこんなことを言葉にする必要はあるのかと思い、それでも一度開いた口は止められなかった。
「あの連携のことだ。青峰と黒子――連携した二人と戦ってお前は勝てるという明確なビジョンを描けるか」
「・・・・・・」
「お前は黒子の能力のいわば天敵。対して俺は青峰とのマッチアップは分が悪いと考える。実際はそんな単純なわけではないがプラスマイナスでゼロだとしよう。同等なはずだ。でも勝てるというビジョンを持てないのはなぜなのか?」
高尾が苦く言葉を飲み込んだのを無視した。

帝光中の体育館で幾度も見てきた。
黒子はただのパサーではない。
赤司が見出したその才能は、まるで青峰のために用意されたかのような。
望んでそうなったのか、あるいは生まれついてのものだったのか。
分かりはしないが、目覚めた黒子のパスセンスは、バスケの感性は、まさに青峰と同体だった。

「・・・真ちゃんも俺もあのコンビを高い壁だって思ってるのは一緒、ってか」
呟いた高尾に緑間がツンと言った。
「帝光から見せ付けられてきた俺をたかだか数時間前からのお前と一緒にしないで欲しいのだよ」
「そう言うなってー」

それからしばし二人の間に無言が続く。
適当な時間を過ごしてから、そろそろ更衣室も人が少なくなった頃か思い緑間が立ち上がる。
お、行く?と言って高尾も同じように立つのを放っておきながら、ボトルの残りを飲み干して備え付けのゴミ箱に捨てた。

「あの断崖絶壁をどうやって超えるつもりなんかね・・・」
「火神か?・・・さぁな」
やっとキャップ開けながらの独り言のような言葉に、つい反応してしまう。
こと今回に関してほんの僅かばかりの同属意識があるせいか、余計なことをしやすい自分を気持ち悪く思いながら、
「でも、なんとかしそうだなって思うんだよね。根拠全くないけど!」
考えたことは高尾が言葉にした。
絶対口に出して同意はしないが確かに緑間もヤツなら、と思わないでもない。
「俺、火神と黒子の連携嫌いじゃないし。対戦してて燃えるし。・・・壊れないでほしいわ」
「・・・黒子がな、フォローすればいいのだが。あいつは他人に自分と青峰の連携がどう見えているのか全くの無自覚なのだよ」
「え。マジで!?」
それは黒子ちょっと…。え、それ真ちゃんマジなの?どうしよう黒子にちゃんとフォローしろよとかそれとなくメールしとこうかな俺。
騒がしくなった高尾に過剰に関わるのはやめろと言い刺す。
「…だよなー」
「これで駄目になるぐらいならさっさと壊れてしまえばいいのだよ」
半ば本心でそう言った。

そうすればあるいは――。

かつてのエースを思い出す。
その姿は桐皇の黒いユニホーム姿に変わり、今日見たばかりのプレーがオーバーラップする。

黒子はおそらく長くバスケを続けはしない。
奇跡のようなあの連携は二度とないのかもしれない、
思っているのは緑間だけでなくキセキの全員だろう。

壊れるならさっさと壊れてしまえばいい。
そうすれば、あるいは。













【4.それでも】