充足感が身体を満たしていた。
黒子のパスを受けるとき、吸い付くように手の中に飛び込んでくるボールは枠も限界もない世界を青峰に見せる。
久々に見たその世界は叫び出したい程の充足感を与えながら、望むままに形を変えていく。
思うように所ではない。思う幅すらその世界では無限だった。
自由に跳ばせ、自在に走らせ、どこまでも自分が広がっていくような歓喜が全身を包み込む。
黒子が見せる世界。
それは青峰の奇跡だった。



上がりきった熱はいまも冷めなくて、何をしても無駄のように感じる。
数十秒、あるいは数分かもしれない。
ざあざあと流れる水の下に頭をつっこんでいてもどうにもおさまらないのもあり、諦める。
縁に伸ばした手は、目的のものの感触がなくてさ迷った。
何度か辺りを探っていたら、突然やわらかいものが触れる。
そのまま掴み取り、蛇口下の頭を乱雑にぬぐい、ざっと拭いただけの適当な所で身を起こす。
そのせいで首筋をいくつもの水滴が伝っていくのに構わずに右側へと顔を向ける。
なんとなく、居るような気がした。
そんな程度の予感とともに見た先、思った通りの姿が突っ立っていて思わず、
「なんだお前も水かぶりにきたのかよ?」
言っていた。
少し血色のいい頬だけを名残りにしていつもの落ち着いた雰囲気へ戻っている黒子。
一向に熱の冷めない自分との差が目について、思わず。
絶対ないだろうと分かりきっていた言葉は、案の定否定され、シャワー浴びるのでいいですと平坦な声が言う。
だよな。
むしろ青峰だってあとでシャワーは浴びる。
今はただ頭を冷やしたかっただけだったが、言う必要もないので気のない返事をしてから話を切った。
ここに立っていては邪魔かと思い立って避けるために数歩後ろへ動く。
垂れる水滴を今度はもう少しちゃんと拭いていると声がして、目線だけをそっちへ向ける。
黒子がじっと見ていた。
目も声も、見上げる首の角度も。青峰が覚えている、何か言う時の仕草そのままで。
「パスありがとうございました」
「・・・いらねーだろ礼とか」
黒子はどうやら青峰に用があったらしい。しかも、そんなことを言いに。
もどかしいぐらいの丁寧ぶりでありがとうございますなんて言うのに呆れつつ、あぁテツだなとも思った。
「当たり前っつーか、いまさら?」
青峰がパスを出すのなんて当たり前で――ブランクはあったとは言え決して珍しいことではない。
何を言っているんだと訝しむ青峰を気にした様子もなく、黒子はマイペースだった。
「はい。でも嬉しかったので」
「・・・・・・?」
嬉しい。そう表現した感情を面にものせて黒子がはにかむように笑う。
「キミから貰ったパスでファントムシュートを――キミが教えてくれたシュートを決めれたことが。キミとの連携でボクのはじめての得点です」

言葉につられるように、頭の中を映像が流れる。
キュッ、と鳴るバッシュの音。走って右で回る。
ボールをワンバン、抜いた一歩目で手に戻ってくる。どこかへテツが走る。シュートモーション。跳んで、ボールはテツに向けた。
白い腕が構える。
誰にもできない変則的なフォーム。――そういえばこの一秒足らずの間に面白く思ったような気がする。
打つ――俺もお前も型破りだなって、そう。
リングが鳴る。
テツが振り返って笑う。

はっとした。
そう言われれば、その瞬間が――。

試合中にどっちがどうという区別をしないせいで思い至らなかった。
でも確かに、ファントムを決めたあれが実際の意味での黒子の初得点に違いない。
「そういやそうだな」
声が自然と驚きを含んだものになって、いまさら感慨深げな青峰を、黒子はそれでも嬉しそうに見る。
少し苦笑した。
「ナイスシュート」
「キミもナイスパスです」
コートの外でそんなやり取りをするのは久しぶりで照れくささを感じながら、なんでもない風を装って、言えなかった言葉を改めて交わした。
「っつーか。体力ついたなテツ」
「本当ですか」
誤魔化すように言ったのは今日実感したことでもあって、嬉しいのかほわっと黒子の雰囲気がやわらかくなる。
思わず頭を撫でた。
「おー。ふつーのイグナイトとかも威力上がってたし」
反応してぐっと力こぶを作ってみせる様子が可愛いのと懐かしいのとで、思わずかはっと笑った。
青峰がその二の腕を掴んでみれば、記憶しているよりも若干硬い。
得意げに見せられる腕は相変わらずの生白さでどうお世辞を言っても貧弱だが、触れるとしなやかな筋肉がついているのが分かる。
ぐいぐいと押したりつまんだりしていたら、今度はと強請られた。
乞われるまま腕に力を入れる。
硬く盛り上がる筋肉をそろりと触れる黒子に変な触り方すんなと言いながら微妙に逃げの体勢になれば、その分だけ距離をつめられる。
くすぐったいんですかと聞いてくる無表情があざとい。

そしてなぜか唐突に、バトルははじまった。






その後、一通りすったもんだした二人は片や悠々と、片や息も絶え絶えに更衣室に向かって歩いていた。
黒子に至っては髪も盛大に乱れている。
「酷い目にあいました…」
「完璧な俺の勝利だったな」
勃発したくすぐり合戦はまるで中学のノリで。
ニヤリと笑った青峰の向う脛を黒子が蹴飛ばす。
力の入っていない、ただの戯れのようなそれを青峰が許すのは黒子だけだ。
許すのは黒子だけだが、反撃しないわけではないので再び戦いの火蓋がきられそうになった所で目的地に着く。
角を曲がると、少し先のドアからちょうど着替え終わったメンバーが出てきた所だった。
急いでいるらしいその人物はすれ違い様に挨拶し、走って出口の方へと消えていく。

入れ替わるように更衣室のドアを開けようとした時、黒子が言おうとした言葉に伸ばした手を止めた。

「でも、ちょっと安心しています。キミとの連携が」
「ねーよ。んな余計な心配してんなばァか」
「痛っ・・・!」
そのまま右手で頭を上から押しつぶす――ような力を入れる。
縮みます!と抗議が入って、途切れさせた言葉はどこかへ消え去った。
目的を達成させたことに満足して、ノブを回す。
「試合中俺とお前って分けて考えたことねーっつうか当たり前っつーか」
「…なんの話ですか?」

ドアを開けた動作のまま、斜め後ろを見下ろす。
馬鹿なことを言ったと思った。

「あー・・・やっぱなんでもねぇわ」

黒子を内側に入れてから後ろ手で閉めた。
















シャワーを浴び、黒子が戻ってきた更衣室には青峰を含め6人がいた。
その中には緑間と高尾もおり、黒子が使用しているロッカーから離れた所で帰り支度をしている。
先ほどから姿の見えない火神は先に着替え終わったのだろうかと考えながらぽちぽちとメールを打ってみる。
特に約束しているわけではないけれど常に一緒にいることが多いためやはり気にはなった。
『先に帰りました?』
簡潔な文を送ってからポケットにしまう。
ベンチに座って足元に置いた鞄に荷物を詰めているらしい青峰と、背中合わせになりながら黒子も支度をはじめた。

「ボクはキミのそういう明け透けな所好きですよ」
「おー?むしろ嫌いなとこなんかないだろ」
「自意識過剰です」
「テツはつれねーよなぁ」
「何を言っているんですか。ボク以上に優しい人間なんて火神くんしかいません」
「そこはいないって言うとこじゃねーの。しかも火神かよ・・・」

淡々と進む会話を運悪く耳にした選抜メンバーたちは、全員そろって微妙な表情を浮かべた。















【5.世界の名前】