茜色も終わろうかという空の下、総合運動場内を伸びるまっすぐな道を火神と黒子が並んで歩く。
背後からの陽の光が二人の影を伸ばし、その体格差を顕著に道の上へと描き出す。
別に約束したわけでもないのになぜか隣を歩いている。
特に会話もないまま片付け、シャワーを浴び、着替えて、今。いつものように隣を歩く相棒を見ないまま、火神はぽつりと言った。
それは何かを言いたくて何を言ったらいいのか分からない、火神の、転がり落ちた部分。
一番強く感じた、何の装飾すらできない、圧倒的な思いだった。

「お前と青峰の連携、すごかった」

何を考えているか予想すらつかない表情で、黙々と歩いているだけだった黒子が顔を横向けて火神を見る。
ガラス窓か何かに反射したのか、刺すような光を受けて眩しげに目を細め。
左手で光を遮るようにしながら見つめてきた先、火神は前だけを見ていた。

「ありがとうございます」

二人分の足音が響く中にそっと置かれた言葉。
一つ一つの音さえも丁寧に、壊れやすい大事なものであるかのように紡がれたその言葉は、黒子の相棒をひきつける程の力を持っていた。
目と目が合う。
だから火神には二十二センチ下から見上げるガラス玉がゆっくりと喜色を帯びるのもちゃんと見えた。

「キミにそう言われるの、なんだか嬉しいです」
「黒子・・・」

なぜ礼を言われるのか分からない――そんな火神を受け止めるようじっと見つめて、黒子は言った。
これまでも何度も真っ直ぐに火神へと向けられてきた、ひたむきな、心のままを直接相手に送るような黒子の目に今回も捕らわれ。火神にできたのはただその名を呼ぶだけだった。
それでも黒子は、ただそれだけに、名を呼ばれるというそれだけにも、得難いものを貰ったかのように喜びを見出して、ひそやかに、綺麗に微笑む。
そうして紡がれていく言葉の煌めきに息が詰まりそうになる。

「青峰くんの一番のライバルであるキミに、彼というプレイヤーの隣に立ったボクのプレーを、認められるということが嬉しいです」

貫かれた衝撃のまま火神の足が止まった。
それに合わせて、黒子の歩みも止まる。

「どうしましたか。・・・火神くんなんだか少し、いつもと違う感じがします」

耳でその言葉を聞きながら、一つ前のセリフが頭の中でリフレインする。
青峰のライバルである――俺。
嬉しいと微笑んだ黒子の、感情の向けた先。思いも寄らなかった行き先は、火神に胸が震えるような衝撃を齎した。
青峰と黒子の連携がすごかった、その火神の言葉に黒子がどう返すのか。どんな想像もついていなかった。想像したく、なかったのかもしれない。
それでも会話の流れは今と過去のどちらか、あるいはその比較にも似た内容になるんだろうと、考えるまでもなく思っていた。
それが。
黒子はそんな発想を持っていないかのように、なんのブレもなく、ほんとうに自然に言った。
嬉しいと。火神がライバルとする男の相棒として遜色のないプレーができたことが、火神がそう認めたことが嬉しいと、そう言った。
それは。
どんな意味を持つのか、どれだけ火神を――救ったのか、きっと黒子は分からないに違いないけれど。
心を真綿で包まれたような、そんな気すらした。


見せ付けられた、そんな思いさえ抱いた連携が脳裏で蘇る。
表現する言葉なんて、あれにはない。
どんだけ辞書をひいたとしても、例え多くの言葉を知っている人間でも、表現なんてできない。
それぐらいの威力だった。
積み重なるように、緑間の忠告を、すごかったとしきりに言う黄瀬を。
至高だといういつかの赤司の言葉、止める自信ないという紫原の評価。
それらを連鎖して思い出す。

あれが、帝光の光と影――。

ぞわりと背筋を這い上がる感覚に身体を強張らせた時、まだじっと見つめてくる黒子の視線に気付いた。
言葉を急くでもなく、ただ火神を待つ黒子を見て。
なぜかすとんと力が抜けるような気になる。
試合中に気分が荒んだ時、気負いすぎた時、いつもその目が火神を押しとどめたきた。
昨日も同じことがあったなと思い至って、俺はパブロフの犬かと少し面白くなった。
それはそのまま表情にも出ていたようで、不思議そうに黒子がこてんと首を傾げる。
まるい小振りな頭をがしがしと掴むようにして撫でた。

「お前らの連携見れてよかったわ」

幾分晴れた声で言ってから、促してまた歩き出す。
遅れた分を少し早足で追いつき隣に並んだ姿へと顔を向けながら、言うのには照れくさいものを感じつつ、
「いろんな形があんだなって分かったし、・・・お前のすごさも改めて分かった」
言えば、夕日色の中で黒子が大きく目を見開いた。
あんまり見ない種類の表情に、つついてやりたくなったが、やめた。
ふざけながら言う言葉ではないと思った。

「青峰にあんなプレーさせれるパサーは他にいねぇよ。たぶん俺はまだどっかお前のプレイヤーとしてのすごさを甘くみてたんだと思う」

一度瞬いた目が、それでも逸らされないままじっと火神を見る。
正面から見返した。
それも数秒のことで、段差に差し掛かり二人同じタイミングで視線を足元へと向ける。
たんたんたん、とリズミカルに階段を下りながら黒子が言う。
「・・・キミがいつも見ているままが事実ですとボクが言っても、火神くんは納得しないんでしょうね」
「あぁ」
強く頷きを返せば、
「なら高評価を素直に受け取ることにします」
光栄ですと声がする。


かっこいい男だと、黒子に対して俺は結構な頻度で思う。


このあとの別れ際もそうだった。
それでもやっぱり少しぐらいは思う所がある俺は意を決して聞いてみた。
俺とバスケしてるときは何考えてる?
――青峰との時は何も考えていないと、そう答えた黒子の言葉はなかなかの威力を発揮しながら居座っていて。
怖いもの見たさな心で聞いてみた。
返ってきた黒子の第一声は「そうですね。よく跳ぶなぁとか今少しイラっときたな、とかダンクしたくてうずうずしてるなとか」という、これまた予想に反したもので。
「そーいうのじゃねーよ!」
「そう言われても。試合中はどうやったら勝てるか、最高のプレーをみんなができるか、そう考えていることが多いのでこれといったことは・・・」
「・・・そーかよ」
当たり前だという感じで言われた内容は、それ以外ないよなと思わせるには充分で納得しながら返事をしたはずが、若干声に気持ちがのっかった。
そしたら俺の様子など気にしてる風はないのに黒子が続けて言った。
最中はまぁいろいろ考えていてますが、そう前置きをして。
「キミとバスケをした後は幸せだなっていつも思います」
これ以上の言葉は世界中を探してもきっとないだろうって、思った。

「火神くんは何を思ってます?」
代わりに聞いてきた黒子に「さぁ?いちいち覚えてねーよ」と返す。
「これだからバ火神は」
たぶんちょっと拗ねた黒子の背をぽんと叩いたら叩き返された。バシンって。
いやでも、隣にいるのが当たり前すぎてという言い訳をするまで地味に痛い攻撃を受けることになった。


また、明日。
昨日と同じ別れ際の言葉が少し違って聞こえたのは、俺の世界が少し変わったからだろう。

俺の相棒は、すごい。
すごいやつで、すごいやつと最高のプレーをする。

帝光の光と影――未完成なる完全の連携。
その、片割れ。













【6.片割れの名】