「以前はこんな日が来るなんて思ってもみませんでした」
サイドラインに二人が立った瞬間、それに気付いた観客が歓声をあげる。
徐々に大きくなっていくそれは十数秒後にはアリーナ全体へと広がり、場を圧倒するほどの大歓声へと変わった。
トントンとバッシュの履き心地を確かめている青峰の横で、黒いリストバンドを付け直す――それは中学時代から変わらない試合前の黒子のくせだ。
「ボクの名前コールされてます」
この日の丸を背負っての大舞台で黒子の名を呼ぶ声が聞こえる。――青峰だけではなく。
それに不思議な心地がした。
「なんだか変な感じですね」
青峰はそんな違和感を感じることはないのだろう。反応を見れば分かる。
そしてそれが、二人の――持ち得る才能の差であったと思う。
この光景を当たり前の未来と描けた青峰と、想像することすらなかった黒子の。
丁度いいと納得した位置にはめてから、手首を軽く握って心地を確かめる。
そうしてから隣を見上げた。
交代の笛はまだ鳴らない。
「本当は高校でやめるつもりだったんです」
言わなくても分かっていただろう青峰は、黒子を見たまま何も言わずにいる。
結局埋まらなかった身長差のせいで近くにいると見上げる分だけ首がつらい。つらいような距離に、隣に。立つことはもうないだろうと、本当はそう思っていた。
三年の冬、最後の試合が終わった時も青峰は何も言わなかった。
その時だけじゃない。
いつだって口を閉ざして、何も言わない男の顔を、黒子はじっと見つめた。
「ボクの人生計画だと100歳で老衰して死ぬことになっているんですが」
思わずというように青峰が入れたつっこみを無視する。
「その瞬間まで一点のくもりなく満足できたと思えるか考えたとき、心残りがありました」
それは記憶の中の彼がテツ、って呼んで。呼んで、呼んで。シュートを決めたあと、勢いよく振り返って黒子に向かって笑うから。
そのせいだ。
コート上の名プレイに興奮してわっと上る歓声。
現実の青峰も黒子の名前を呼んだまま、どんな顔をしていいか分からない――そんな表情をする。
アリーナを特別なものにする、華やかな歓声に囲まれながら、悪戯のような笑みを小さく浮かべた。
「どうしてくれるんです?キミが勝手にボクの手を放すからですよ」
あえて責めるような口調で。
タブーのようになっていたそれをはじめて言葉にした。
固まって動かない彼は、まさかこの会話が成されるとは思ってもみなかったのかもしれない。
今、黒子はやっと言える。
「繋いだのはキミで握り締めたのがボクで、キミが放してボクが諦めた」
だから今度はボクの方から手を伸ばしてみようかなと。
言った途端、つよく右手を握られる。
キミが、握り締める。
テツは、――低い声に被さるように会場が大きく湧いた。
…何を言ってるんですか。
胸にくるものを誤魔化しながら、行きましょうと彼の手を引く。
笛が鳴る。
同時に交代が表示される。
万雷の拍手。
大歓声。
二人の名前が口々に叫ばれる。
黒子と青峰の世界は一度確かに終わった。
輝いていたあの頃は二度と返らない、そんな選択を二人がした。放して諦めたときに。
だから、
きっとこれは。
コートに出る二人を迎える歓声は、呼び声だ。
望んでくれた人の、
あるいは黒子の、青峰の、望みが形となって、二人を呼び戻す。
「ほらきっとこれはボクたちへのカーテンコールです」
呼び戻されたコートでもう一度、幕が開く。
キミこそ、出会ったときからボクの一生分のギフトだった。
【7.カーテンコール】
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