彼の好きな所はって聞かれたら全部って答える。
具体的に言うなら何十個だって何時間だって話せると思う。
でもどうしてと聞かれると自分でも分からない。
ただのその存在に、彼が彼であることにどうしようもなく惹かれる自分がいる。




ずっと恋をしている。

もうすぐ卒業を控えた二月。
例年以上の寒気が襲った今年の冬、記録的な寒さとなった空の下でも俺の高いテンションは保たれたまま。
苦手な教師にも騒がしい行き過ぎたファンにも、誰にだって満面の笑顔を返せるぐらい幸せに満ちた俺は、電車を乗り継ぎ通いなれた――三年間通いつめた誠凛高校へ続く道を今日も歩いていた。
どこの高校も三年生は自由登校期間だが、今日の誠凛は登校日らしい。遊ぼうと誘ったメールにそう書かれていた時は一瞬ガーンとなったけれど、気を取り直してその後でもいいから会えないかと食い下がれば、15時すぎになりますがいいですか?と返ってきて迷うことなく喜びの文字を打った。

俺はもうずっと彼に恋をしていた。
不毛とすら思ったことのある恋だった。

まあいるだろうなと思っていた姿とともに近づいてくる黒子っちに向かってぶんぶんを手を振る。
校門に凭れ掛かっていた背中も小柄な人影を見た瞬間に壁から離れて、でかい図体を使って全力で自己主張していると、てくてくとマイペースに歩いてきた彼の顔がしっかり捉えられる位置まで来る。
すでに反射のようなもの。自分から走り寄って白いマフラーに埋もれているようにも見える小さい頭に抱き着いた。
黒子っち久しぶりっス!とじゃれつく俺に、いつもと変わらない平坦な声が「先週会ったばかりですが」と真っ当な事実を突きつける。
でも毎日会いたい俺にとっては“久しぶり”が実感なので間違っていない。

用は特にない。会って話がしたいだけだと先に伝えていたから三人で向かう先は自然と店通りの多い方になっていた。マジバに行きたそうなのを半ば強引にカフェへ連れ込む。
ただでさえ寒い今日、身体を冷やすシェイクなんて彼に飲んで欲しくない。
ちょっと不満そうなのを無視しておすすめを羅列。好みを選んでこれなんてどうっスか?と聞けば少し迷ったあとこくりと頷く。その仕草も好きだ。
コーヒーをチョイスしたもう一人の分ととも飛んできた店員に注文をしてから、真向いの顔をにこにこと見つめる。スカイブルーの髪も透明なガラスが嵌っているかのような綺麗な瞳も、何百回見つめても飽きない。
そういう俺に慣れきった二人――黒子っちもその隣に座ってる火神っちも、特に何も言わずに好きにさせてくれる。
注文したものが届き、カップ片手に他愛ない会話をしている二人にたまに混ざりたまに話題を提供しながら、俺のお気に入りである黒子っちの常時澄んでいる声に意識を向けて、好きなものの心地よさを感じていた。
話したいことはいくらでもあるけど、今は彼の姿を見るだけでも心が満たされて。だから積極的に話に混じりたいとは思わなかった。
最近は何をしていても心が満たされている。大学受験に無事成功した俺は、春からは毎日黒子っちのそばにいられることを知っている。
騒がしく構って構ってと言わない俺に不思議がり、優しい黒子っちは気にかけてくれる。そんな所も好きだなって思う。
何でもないっスよと笑いかけながら、でもじゃあ俺にも構ってとお願いすれば斜め前から呆れ気味の声がした。
「お前ほんとに黒子のこと好きだな」なんて当たり前でいまさらのことを言う火神っち。否定しない俺。苦笑した黒子っちが「大学に入ったらもう少し落ち着いてくださいね」って言うから一応頷いておく。あんまり自信はない。
火神っちが大学って単語に、対面に座っている俺にだけ分かるぐらいの小さな反応をしたのに気付いたけど、遠慮なんかしない。
春から先の未来の話を、いないヤツの前でだってする。するって決めてる。
大学楽しみっスね!と本心から朗らかに言えば「そうですねワクワクします」って同意してくれる。
黒子っちは感性が鋭い人だから、きっと俺の心も火神っちの心もなんとなく分かっていてそんな風に言ってくれている。
寂しいですとは俺の為に言わない。違う意味で火神っちのためにも言わない。
残酷なまでのその誠実さも好きだった。
好きな所は言い尽くせない程あって、会う度に生まれて、彼を知る度に深まっていく。
そんな人間を俺は彼しか知らない。
だからきっとこの先もずっとこの思いは続く。
どれだけ痛んでも、見せつけられても、諦められない恋だったから。

別方向の黒子っちが角を曲がるのを待ってから振り返ると、予想外にまだ火神っちがいた。その瞬間に俺に用があるって事が分かって、連れ立って歩くのを拒まなかった。
たぶん会うのはこれが最後かもしれない。
高校の三年間――その長くて重い期間を黒子っちと過ごした男は卒業の日そのままの足で渡米する。
予感は当たっていた。

「黒子を、頼む」

別れ際、さんざん言うか言わないかを歩きながら迷っていたくせに、はっきり俺の目を見て火神っちは言った。青峰っちなら絶対言わない言葉を俺に。
分かっている。
それが彼らの在り方ですごい部分で誰にも踏み込めない繋がり方だっていうことは分かっている。
でも。
怒りなのか、悔しさなのか。さっきまでの幸福がどろどろとしたものに変わって身の内を荒らす。
同じ光でも絶対青峰っちは誰かに――俺に、頼むなんて言わない。
アンタにとって黒子っちはそんなもんなのかって、ふざけんなって思った。
ギリっと手のひらを握る。
黒子っちはアンタのもんじゃないとか、そんなもんなのかよとか、自分で手を放すくせにとか、いろいろな怒りが沸き起こって力を入れすぎて痛いぐらいに爪が食い込む。
俺が睨みつけるようにしても怯まない。そうする為にこの男の中でも大きな葛藤があっただろうことなんて嫌でも分かってる。
でも。
「アンタに言われるまでもねーよ」
言い捨てて踵を返した。
そんななら、もう俺は光の存在に躊躇ったりしない。




光になりたかった。ずっと。
影にとっての光になりたかった。
なのに、なりたくてなれなくて、手の届かなかった位置を、影の全てを与えられていた光たちが二人して今。
影の、――黒子っちの隣を去ろうとしていた。




「黒子っちは俺がもらうっス」
もう一人には飛び立つ日の空港でキセキの皆と桃っちがいる前で宣言した。
一瞬目を見張った青峰っちは何も言わなかった。皆も誰も何も言わなくてしんとした沈黙が落ちた。
そうしている内に、場を離れていた黒子っちが戻ってきて止まっていた空気はもとに戻る。
答えは最後までなかった。ないのがこの人だと思った。

「キミならどこまでだって行けます」
一番最後に彼が言う。
俺なら絶対こう返すって言葉を、青峰っちは言わない。光だからきっと言えない。
「頂点の景色を見てきてください」
「ああ」
新たな世界へ向かう相手に贈るに相応しい台詞だったのに、なぜかいじらしく聞こえて堪らなくなる。
穏やかに言う黒子っちを言えない言葉の変わりのように抱きしめる。似合わない優しく包むような抱擁。見ていた桃っちが泣いた。
俺も泣きたかった。
過去の自分が、キセキの世代と呼ばれた頃の――帝光中の光と影を至高と呼び憧憬の眼差しで見ていた頃の自分が、二人の明確な別離を前にして泣いている。
一度も振り返らずに去っていく背中を黒子っちはずっと見ていた。
最初に緑間っちが、次に赤司っちと紫原っちが。後ろ髪をひかれるようにして泣き顔のままの桃っちが、歩き出す。そして皆見ないふりをした。
俺はただ一人黒子っちに近寄り、声もあげずに、静かに頬に涙を伝わす彼の冷たい指に自分の指を絡めた。
俺は光じゃなくて君も影ではない。
だからずっとそばにいる。そばにいたい。いて欲しい。
俺は君に、そう言える。
「黒子っち。俺がそばにいるっス」
零れ落ちていくその、きらきら光る涙を伸ばした俺の袖で拭う。
今まではそうできなかった。青峰っちの為に流す彼の涙に触れることは許されないようで。そんな風に勝手に自分で線を引いてきた。
でももうやめる。
彼から言葉はなかったけど、まるでそうしないといけないという必死さで前だけを見ていた顔をゆっくりと俺に向けてくれた。俺の好きなガラス玉のような目がけぶったようになっていて、とても綺麗で愛おしくて可哀想で抱きしめたいと思った。まだ今は我慢したけれど。
そうしてこの後の話をたくさんした。
皆と合流してご飯食べてその後はちょっと買い物に付き合ってほしいっス今日は俺の家に泊まりに来なよ何かDVDでも借りて一緒に見よう夕飯は何がいい?あ、二人で作るのもいいっスね。
手を引いて出口に向かって歩きながら一方的につらつらと。
「…夜はパスタがいいです」
「いいっスねー。ソースは何にしよっか。さっぱり?こってり?クリーム系も捨て難いし…」
隣に並んだ彼が目を細めて薄く微笑んでいる。拭いたはずの頬に新たに流れた筋があってもう一回手を伸ばす。照れたようにしながら、でも拒絶されない。
それが嬉しい。


そばにいたいって言えないのが光なら。
ずっと一緒にいられないのが光と影の関係なら。
俺は光じゃなくていい。
光なんかじゃないほうがいい。





それは不毛だとすら思う恋だった。


彼のことを黒子っちと呼ぶようになったのと、恋の芽生えはほとんど同じぐらいかもしれない。
すごいと認めて、こんな人もいるんだと思って感動のようなものを感じて、自分の中の、他とは全然違うカテゴリーに黒子っちは分類された。
それまでの下手なのにとかシュートも入らないのにというネガティブな評価が百八十度変わり、それでも彼はバスケを愛しているんだと、この人はそんなにも何かを愛せる人間なんだという感動は、世界を舐めきっていた俺にはあまりに綺麗で、楔のように心に突き刺さった。
彼は才能というものに向かい合い、自分のバスケの枠を目を逸らすことなく見つめて、会ったばかりの頃の俺みたいなまわりの嫌味な声に言い訳もしないで、挫けたり捻じ曲がったりすることなくまっすぐ背筋を伸ばして立っていた。
綺麗だった。
彼はとても綺麗な人間だった。
できなことなんて今までなかったせいで荒んでいた俺や、才能に努力は敵わないと突きつけられて情熱を失い歪んでいった人間とは全然違う。
綺麗で、まっすぐで、強い強い黒子っち。
そんな存在は他にない。きっとどこを探してもいないに違いない。
試合の次の日、何回チェレンジしてみても彼のパスは何一つ真似できなかった。できないのが当たり前だと思った。
なんだか嬉しくて意味わかんない感じに誇らしくて思わず報告してみた。そうしたら驚いた顔をした彼は「黄瀬くんにもできないことなんてあるんですね」と言って小さく笑って、ちょっと安心したように目を伏せた。
馬鹿みたいにハイテンションだった俺はそれで初めて冷静になってそうだよなって、黒子っちにとって俺の何でも真似できるって能力は恐怖の対象なんだよなって気付いて、しゅんとなった。
自分でもちょっとないなっていうぐらい一気に気分が落ちたから、この時既に恋になっていたのかもしれない。
あとは日増しになんてものじゃない、時計の針が進むごとぐらいに転がるように彼を好きになっていった。


黒子っちと青峰っちの仲が良いのは、俺がバスケ部に入った日から知ってた。
部活中二人は気付くとよく一緒にいたし、俺が黒子っちの傍をうろちょろするようになってからは二人で残って練習してる姿を何度も見たし、突撃して混ぜてもらったりもした。
お互い気が合わないって言いながら、昼休みとか毎日のように一緒にいるのを見ていいなって、俺も黒子っちとそんな風になりたいなと思って、ちょっとでも時間があれば会いに行ってたぐらい思うままに纏わりついてた。
この時のまだ何も知らなかった自分の能天気ぶりが羨ましい。
誰にでも礼儀正しくて敬語で話す彼が、たまに青峰っち相手だと崩れた話し方をするの、意外と手が速かったり素っ気ないつっこみをしたり、そういうのが親しい証拠みたいで俺にもそうなってくれないかなってわくわくしてた。

そんな風に単純に楽しくて幸せな気持ちでいられたのは、ほんの少しの期間だけ。
はじめて二人が同じコートに立っているのを見た日からは、長い苦しみの恋になった。

その連携を見た時に受けた衝撃は今でも嫌ってほど覚えてる。
二人を繋ぐボールは見えない線にそって動いてるみたく、どんな位置からでもどんなタイミングでも、間に何枚の壁があっても関係なく、お互いに届く。
まるでもとは一個の生き物で、それが二つにわかれて別の役割を持って生まれてきたかのように、俺の目に映った。
俺の知ってる黒子っちはそこにはいなくて、憧れた青峰っちのプレイも俺の知ってるのとは全然違って、まだ素人に毛が生えたぐらいの知識しかない俺でも経験なんかこれっぽっちもなくても、これが究極系なんだと思うぐらい二人の連携はすごかった。こんな繋がり方がこの世にあるのかって思った。
圧倒されて、呆然としてる俺に赤司っちが言う。「すごいだろう?」って。
聞かされた話でもう一回打ちのめされた。聞けば聞くほど、黒子っちにはなんかもう青峰っちのために存在するんじゃないかって、そんな気持ちになって、生まれたばかりの恋は行き場をなくしてふらふらする。
俺が出会った時、黒子っちには既にたった一人の存在がいて、その存在に捧げるようなバスケをしていて、彼の世界の中心に青峰っちがいた。

諦めてしまえば楽なのに、転がるように彼を好きになっていく日々は続いた。
知れば知るほど彼を好きになった。
不毛な恋をしているって自分でも思ってたし、みんなにもそれとなく似た様なことを言われて。でもどうしてそんなに黒子っちに拘るんだって聞かれても、そんなの彼が彼だからとしか言えない。
真面目そうに見えてお茶目なとことか、ちょっと抜けてるとことか。
すごいですねって褒めてくれるとこだったり、ファンの子に囲まれて困った時、待つのは特に苦じゃありませんって彼の方から言ってくれるとことか。
眩しいものを見るかのように少し目を細めた瞬間の表情とか、いつもひんやりとした手とか。
試合中の――青峰っちに見せる全開の笑顔とか。
知れば知るほど彼を好きになっていく。
何度も何度も思った。俺も黒子っちの光になりたいって。
光になりたいと思った回数だけ、俺ではなれないと泣きたいぐらいの悔しさを味わった。
何度だって見せつけられた。
名前を呼ぶ声一つにだって、そこには特別な何かがあって他の誰だって立ち入れない。
青峰くんって呼ぶ、彼の声の中にある信頼。
テツって呼ぶ中にある特別な感情。
青峰っちは俺が黒子っちのことを好きだって知っていた。でも気にもしない。黒子っちが自分から離れていくことはないって分かっているから。
影の中心にいるのは光だって分かってるから。

どうにもできない不毛の恋だった。叶えることを諦めてすらいる、ただ彼を好きな気持ちを積み上げていくだけの恋。
この二人なら――青峰っちならしょうがないって思ってた。
嫉妬とか通り越して二人の関係に憧れだって持っていた。

悔しさは味わって味わい尽くしていて。
だから。
俺は二人の手が離れた時、彼の手を掴みとれなかった。
彼の光はただ一人だと信じて疑わなかった。疑えなかった。
圧倒的な光に勝手に自分の限界を決めて、どんなに苦しくても足掻かなかった自分に心底後悔することを知らずにいた。




そして負け犬の恋をした。


俺にとって黒子っちの光は青峰っちだけで、それ以外なんて考え付かなくて。
だから彼が誠凛に入っても、そこで火神っちと出会ってもあまり気にはしていなかった。
一緒にいられない寂しさはあったけど、どっかで期待してた。
青峰っちから離れた彼なら俺を見てくれるんじゃないかって、甘い期待を。
黒子っちと火神っちのコンビに負けて、はじめて負けて悔しくて、同時にバスケもまた面白くなってきて。
そんな時にインターハイ。誠凛は桐皇に――火神っちは青峰っちに負けて、やっぱりなって思って、これで青峰っちに勝てたら俺は自分を認められる気がしてた。
黒子っちの隣に立つことを望んでもいいような気がして。――結果負けたけど。
でも自分の中で何かが、少し変わった。
俺を強く縛っていたものが綻んだような。
最初の練習試合のあとから結構な頻度で黒子っちに会いに行ってたけど、誠凛バスケ部にうざがられるぐらい通いだしたのはこの頃からだ。
メールも一日に何通も送ってたし(返信は稀だったけど)、休みの日はストバスに誘ったし、相変わらずの大好物であるバニラシェイクで釣ったりとか、物凄いアタックをしてたと思う。
黒子っちに恋している間で一番楽しくて幸せで満たされていた時期かもしれない。

冬。
運命のウィンターカップ。
その後は笑ってしまうぐらい中学で辿った道筋と同じだ。
苛立ちが焦燥になり俺は二度目の悔しさに泣いた。

キセキの世代を擁する高校は全て負けた。
でも俺の痛みは絶望は。俺の恋を粉々に砕いたのはそんなことじゃなくて。
かがみくんって呼ぶ彼の声だったり、
彼が寄せる信頼だったり、
進化していく二人のプレーだったり、
支え合い補い合うかのような連携だったり。
火神っちと黒子っちの連携を――光と影と呼ぶ大歓声に。
俺は。
顔を覆って悔しさに泣いた
たった数日だ。
大会期間のほんの数日で、俺の世界はまた暗く閉ざされた。

光になりたくて、なれなくて、青峰っちにしかなれないんだと諦めたそこに今、違う男が立っている。

二人の連携は、俺が、俺たちキセキが見知った至高と呼んだものとは異なる、でもまさにそれこそと思わせるものを確かに持っていたけど、何より一番俺を苦しめたのは、そのことを、二人を、青峰っちが、俺がなれないと諦めた存在が認めたことだった。

人生で最大に荒れた。
圧倒的な光に勝手に自分の限界を決めて、どんなに苦しくても足掻かなかった自分に心底後悔した。


負け犬の恋そのものだった。


傷つくと分かっていながらそれでも黒子っちに会いに行っては、踏み込めない二人の絆を見せつけられてやっぱり傷ついて、にこにこ笑って道化を演じる。
どうしても離れたくなくてそばにいたくて、結局誠凛に通うのは止められない。
自分でもどうしてこんなに彼じゃなきゃだめなんだろうって考えるようになっていたけど、でもいつだって同じ。
俺は何度だって、彼に会う度に小さな恋をしている。
黒子っちがただ楽しいという気持ちで青峰っちとバスケで繋がっていたように、ただ好きだという気持ちで黒子っちに恋をしているんだと思う。
好きになるのに理由がある恋ならよかった。
そうしたら粗を探して似た様な人を探して次の恋をはじめたのに。ああでも、きっと彼みたいな人なんて他にいないから、絶対いないから俺はもう二度と誰かを好きになることなんてないような気がする。

キセキで集まる時も火神っちの存在はそこかしこにあって、黒子っちと会う時はほとんど必ず火神っちが隣にいて、みんながそのことに慣れていっても、最初はふとした瞬間苦しげな顔をしていた青峰っちが諦めたように目を伏せて穏やかに笑うようになった後も、俺はずっと痛いまま、笑顔と道化の仮面で全部を覆ってた。
たまに失敗してちょっと固まったようになると、俺の大好きで残酷な彼はどうしましたかと言って透き通って綺麗なガラス玉の目で俺の顔を覗き込む。
お仕事大変なんですか?無理しちゃだめですよ。そんな保護されたたくさんのメールの存在を黒子っちは知らなくて、一度だって言ったことないから俺の気持ちなんて考えたこともなくって。
でもね。
黒子っちたちのバスケが運命のようなもので繋がり、魂を交わし合ったように、俺の恋は俺にとって、まさにそれだったんだよ。




どこへも行けない俺の恋だけを置いて季節はどんどん巡っていく。
春が過ぎて夏が来て、秋になってもう一度冬が来ても、変わらない。
桜の下の黒子っちは綺麗だと思って、夏の日差しに照らされた黒子っちは綺麗だと思って、月夜に空を見上げる黒子っちの横顔を綺麗だと思って、睫毛に雪をまとわせた黒子っちを綺麗だと思った。
そして二年になっても同じクラスだという火神っちが羨ましくて、未だにどっか二人で完結した世界を作り出す青峰っちが羨ましくて、セット扱いされる火神っちが羨ましくて、黒子っちのことなら何でも分かってる風の青峰っちが羨ましかった。
何度も好きだって言おうかと思ったけど、結局言えないまま。
また一年――高校最後の年がはじまった。
誰にとっても大きな転換となる、高校最後の一年だった。


俺はもうずっと彼の隣にふさわしいのは光だけだと決めつけていた。


どうしてそこで突き放すんだと一瞬激情して、それが彼らの関係なのかと納得する。
そんなようなことが帝光の時も何度かあった。
確かに黒子っちは強くて真っ直ぐな人だけど決して折れないわけじゃないし、抱えるコンプレックスは人一倍で、その分努力してて戦ってて、もっと近くでそばで支えてあげればいいじゃないかと俺は何度も思ったことがある。
彼が苦しい時は弱音を吐いて欲しいし、つらいって言って欲しいし、一緒にいさせて欲しい。
そんな自分に、ああ俺は光にはふさわしくないんだなって思って。
でも。
本当にそうなのかって考えるようになったのは俺たちが三年になって、進路という問題が大きく目の前に迫ってきた時だった。
俺は不器用に触れ合う黒子っちたちを見て、光という存在に疑問を抱くようになった。
光と影であるからこそ踏み込めない線があることを俺はすぐそばで見ていたからだ。

彼の光が黒子っちにどういう気持ちを抱いているのか俺は知らない。
ただ知っていることもある。
青峰っちは絶対自分からは黒子っちに連絡しないし誘ったりしないけど、でもテツって、彼を呼ぶ声は昔と同じ。同じっていうより、たぶんそこに全部詰まってること。
火神っちはたまにすごく優しい目をすること。一本一本のパスを宝物のように受け取って、黒子っちの相棒ってことをとても大切にしてること。

だったらなんで。

叫んだ俺に緑間っちが落ち着けっていう。
周りの客の静まった気配に促されるまま口を噤んでイスに座り直す。
「あいつらはあいつらの進む道がある。そして黒子にも」
分かってる。でも。
光と影じゃないんスか!?ってぐちゃぐちゃの心で言った俺を静かな目をした緑間っちが見てた。
怖いと思った。
「分からないでもないが。…お前は、光と影というものに固執しすぎなのだよ」
ぐわって熱くて、いろんなもので胸が苦しくなりながら、逃げるなっていう緑間っちの視線に縫いつけられたままでいると、静かな目で静かに、まるで言い聞かせるかのように緑間っちが言う。
確かにバスケにおいて得難い関係であるとは俺も思う。しかし、お前のプレイスタイルに影が必要ないように、選手として赤司や紫原が黒子を必要としないように、必ずしも必要な関係ではない。あいつらだからこそ光と影という関係に意味があった。そして青峰たちにとって黒子は特別だろうが、やはりいなければならないというものではない。向かう先が違うのであれば、別離は必然だ。
淡々とした声を呆然と聞きながら知らないうちに泣いてた。
必要ないとか聞きたくない。
光と影っていう関係がそんなものとか聞きたくない。じゃないと。
目の前から深い溜息がした。

「光だからあの二人は黒子と共にはいられない。留まることは光自身も影も許さない。黄瀬、お前はそれになりたいのか」

俺は――。

ぐちゃぐちゃの心のまま店を出て、頭は回らないのに、勝手に足が向かったのは黒子っちのとこだった。
連絡もせずただ校門に突っ立っていた俺を見つけて駆け寄ってきた彼は、冷えすぎて感覚のない指先を掴み驚いた顔をして俺にはちょっと小さい手袋をつけてくれた。
そんなとこも、好きだってこの人が好きだって強烈に思って、なんか俺は号泣して。
困りましたねって言いながらぽんぽんと撫でる手がある。

人のいない校庭の隅に連れられて、ほとんど言葉にならないなりに頑張って伝わりそうな単語を並べると、彼は少し目を伏せて口元だけで笑った。
泣きそうな笑みに見えた。
それが強く、強く心に迫る。

こんな顔をするこの人を一人にしなきゃいけないのが光なのか。
俺はそれになりたいのか。

――そんなわけないだろ。

やっと、分かった。

おれね。
たどたどしく声を出す。
急かさず待っていてくれる黒子っちに、ちゃんと一人で立てる人だけど、一人じゃ立たせたくないって俺が思う人に、秘密にしてたことを打ち明けた。
俺ね、志望校。黒子っちと同じとこなんス。ちゃんと親とか教師とかとも話し合って、行きたい学部とかもあって、だからだけど。でもたくさんある中からそこを選んだのは、やっぱり黒子っちがいるからだった。黒子っちは怒るかもしれないけど、でもそこが俺の条件を全部満たす大学だったんス。
目を大きく見開いた彼の、俺のせいで剥き出しの手を握り締める。
俺は黒子っちのそばにいるよ。
大きな目が瞬いて、薄く膜が張って。きみはばかですねって彼が言う。

この時にやっと分かった。
俺はそばにいたいんだって。
つらいとき悲しいとき大丈夫だって抱きしめたい。
ずっとそばにいるから泣かないでとその髪を撫でたい。
俺がそうなったときは抱きしめて撫でて欲しい。

俺は黒子っちの特別になりたかったけど、それはきっと彼にとっての光じゃない。
そう気付いたのは高校三年の冬。
彼の光たちが渡米することを聞いた、その日だった。






*










大学生になってから芸能活動の幅は広がっていた。
モデルとしての人気は結構あって業界の人なんかに「もう君の人気は不動だね」って言われたりしてそれは少なからず嬉しかったりする。
有難いことにドラマの仕事なんかも入るようになってきて、このまま行けば自分はもしかしたら芸能界で一生生きてくのかもしれない、なんて考えるようにもなってきた。
けどまあそれはまだ未確定の話で。
この仕事は嫌いじゃないけど、俺の幸せに対して決して利がある仕事ではないということも分かっているから、実はやめられる準備をいつもしている。大学は最優先事項。俺の幸せは彼の隣にいることなのは何年経っても変わらない。
黒子っちは今、勉強をすごく頑張っていて毎日忙しそうにしている。特定の分野じゃなくていろいろなことをすごく広く勉強してて、知った最初は驚いたけど、彼は言うなれば自分の将来のために戦っている最中だった。
バスケに向けていた情熱の、新たな向かい先を見つけるべく自分自身と戦っている。
けどズルい俺は小説家になればいいのにってちょっと思ってる。そしたら黒子っちの職場は家になって、取材旅行しようとか言って旅行に連れ出したり、何か役にたつかもって初めてのことに二人で挑戦してみたり、俺にとって良いこと尽くめだから。
彼の小説家への道はもう開いていて、完成したので投稿してみましたって軽く言ってた作品が何とかって結構有名な賞をとって。たぶん黒子っちの才能は文学的なとこに重きが置かれてたんだろう。でも才能とか努力とか一番知ってる彼は、与えられたものをそのまま享受するのは何かボクにそぐわなくてとか男前なことを言って、別の何かを探している。
強いものを内に抱えたら砕けてしまうんじゃないかってぐらい繊細そうな、優しくて淡い色合いをした外見に反して、彼は絶えず情熱を燃やしていないと生きていけない性質の人だ。
そういう所は彼の光たちとそっくりと言える。
バスケをしなくなって静かに緩やかに生きていた黒子っちは、遠い地で頑張る二人の姿に触発されてから燻っていたものが一気に爆発したようなパワーで、毎日をきらきらさせながら生きている。
悔しいものはあるけど、黒子っちをずっと見てきて、そしていろいろなことを経験して少しは大人になった俺は納得できるようになっていた。
人の思いには、関わり方にはいろんな形があって、愛し方も一つではなく、そして正しい姿もないんだってことを。


大学に入ってしばらくしてから一人暮らしをはじめた彼の部屋。頻繁に来るせいで我が家のような落ち着きすら感じる部屋で朝ごはんの準備をする。
ここの所疲れてそうだったから潰れてるだろうなと思って来てみたら案の定。酒に弱いわけじゃないはずの黒子っちは見事に屍と化していた。
ノリのいいヤツらの多い飲み会だったらしいから、もしかしたらいつも以上に飲んだのかもしれない。
やっぱり無理してでも参加したらよかったと思いながら、飲んだ次の日は味噌汁派の黒子っちのためにレパートリーに増やしたばかりの新作をお披露目する。
美味しい?って聞けばこくんと頷く仕草が幼げで可愛い。
自分で片付けますとごねるのを言いくるめてソファに横にさせる。
そばのローテーブルにペットボトルの水を置いて、念のため胃薬とビニール袋も近くに寄せておく。

「どうしてきみは…」

ふわふわのラビットファーが気持ちいいブラウンのラグに座り、ソファに凭れ掛かって雑誌を読んでいる後ろでぼんやりとした声がした。
体を捩じって、微睡んでいる彼の柔らかい空色の髪を撫でる。
苦しそうな顔なんてしないでほしい。する必要なんかない。
「どうしてきみはそんなにボクに…」
黒子っちのことが好きだから。そう返すのは自分でもすごく優しい声になったのが分かる。
でもそのでいで彼はさらに苦しげになった。
「きせくん…ボクは」
うんって相槌を打つ。分かってるって。言いたいことは知ってる。大丈夫って。
彼の瞼が落ちるまで何度も髪を撫でて、最後に滑らかな頬に唇で触れた。




大学の構内を歩いていればあっちこっちから声がかかる。
比較的仲の良い友人たちからだったりもあるけど、一番は芸能人扱いをする(まあそれは当たり前なんだろうけど)知り合いでもなんでもない子たちのキャーキャーという声だったり、あるいは写メの音だったり。ぶっちゃけると煩わしい。
今日はなんだかそれが酷いなと思っていると、ファンらしき女の子からの「雑誌買いました!」と興奮気味の言葉で、そういえばこないだ撮ったのが発売日だったことに思い至る。
休めばよかったと頭にちらりと浮かんだけど、どうしても出なきゃいけない講義があったのだから仕方がない。じゃなければ例え今は眠っているといっても、あんな泣きそうな顔をした黒子っちを置いて大学になんて来なかった。
次々かかる声に笑顔を向けながら内心でため息を吐いていると、今度は背後から呼び止められた。
無視するわけにもいかず振り返れば、だいぶ下の方に頭が見えて小柄でふわっとした感じの子が顔を赤くしながら立っていた。
あー…と思う俺。
「あ、あの…!」
よく見れば同じ講義を取ってるそこそこ見知った顔だった。名前は思い出せない。
「その…もしよかったら、今度ご飯一緒に…あ、じゃなくって私、名前…」
ちょっと抜けてる、焦った仕草もチャームポイントになるような可愛い子だなと思う。思うだけだけど。そういえば誰かが同じようなことを言っていたような気がしたから、たぶん結構人気のある子なんだろう。
「ごめんね」
続きそうな言葉を遮ってにこりと笑う。
「俺そういうの全部断ってるんだ」
「あ、はい…知ってます。でも、あの私…!」
「ごめんね」
何を言っても俺が返すのはそれだけだと気付いた彼女は俯く。
そうですかと言う声が震えていたけどしてあげられることは何もない。
「…お時間を取らせてすみませんでした」
俯いたままぺこりと頭を下げてから走る去る彼女はいい方だ。
俺の有無を言わせず話を終わらす態度に怒ったり泣いたり縋り付いてきたり、そんな煩わしい真似をする子たちも多いから。
今度こそ教室に向かうべく振り返りながら足を踏み出した所でまた捕まった。
昨日の飲み会の幹事二人組――相当な酒飲みなくせしてケロリとしている友人たちに両側を挟まれるようされて、今日は厄日かもしれないと思った。
構わずにさかさかと歩く。もちろん彼らもついてくる。
「相変わらずもったいねーな」
「今の子結構人気だぜ?」
「だろーね」
「こないだも去年のミス振ったらしーじゃん」
「興味ねーっス」
「うわー…言ってみてぇ」
けらけらと笑う彼らは明け透けな性格が付き合いやすい俺と黒子っち共通の友人で、嫌味に聞こえそうな事もカラっと言うのでそんな感じがしないという得な男だちだ。
適度に返事をしつつ歩く。
「黒子大丈夫だった?」
階段に差し掛かった時にそういえばと言って聞かれる。
「昨日いつにも増して飲んでたけど」
「朝見に行ったけど死んでたっス」
「やっぱなー。隣にいた子に狙われたもんなぁ」
「誰?」
低くなりそうなのをセーブして平静を装った。
「その子なんて名前の子?」
「あー…」
挙がった名前に覚えはなかった。急いで調べないとなと思いながら敵の名前を記憶に刻み込む。
黒子っちはモテる。紳士だしかっこいいし性格がすっごい男前だし、親切だし誠実だし以下エンドレス。
モテる理由を一番知っているのは絶対俺で、そんな彼なので影の薄ささえ越えてしまえば、存在さえ認識されてしまえば寄ってくる女は後を絶たない。
もちろんぽっと出の女に譲る気は全くないので妨害をしている。罪悪感なんてない。…訂正、黒子っちに対してはちょっとだけある。
「俺さー…別にいいんだけどさぁ」
「なに?」
「黄瀬ってすごい黒子のこと好きだよな?」
「よく言われる」
「それってさぁー…なんつーの。あー…」
言いよどむのをはじめて見た。二人して微妙な顔をしていて、そこには俺に対する気遣いがあってそれはちょっと嬉しかった。
「言いたいこと分かるからいいっスよ」
からかいとか悪意とかで黒子っちとの仲を人に言及されることは過去に散々あった。
ずっと煙に巻いてきたけど、そろそろもういいのかもしれない。
今朝のこともある。
俺ももう向き合っても大丈夫だと思った。
「まあ想像に任せるっスわ」
講義が終わったら彼に会いに行こう。
そしてあの日できなかった、抱きしめられなかった身体を、力いっぱい抱きしめて、君の心が欲しいって伝えることを俺はやっと自分に許せる。




君と。
俺と光たちの、限りなく愛に似たでもどこか完璧には愛ではない。
そんな三通りの、愛の話をしよう。






*












光の存在に躊躇ったりしない。
光なんかじゃないほうがいい。
あの日の別れ際。あるいは空港で、強く思ったけどあれから何年も経って、その考えもまた少し変わった。
そりゃあ今も見せ付けられる度に思う所はあるし、悔しかったりもする。
でも、只ならぬ絆が光と影にはあって、それを一番近くで見る度に俺は、この世の奇跡を見ているような気にすらなった。
離れていてもそばにいなくても、繋がっている。彼らの中にこんなにも深くお互いの居場所を作った光と影の関係性を今は、なんていうんだろう、羨ましいのとは違う憧れとも違う、尊いものを目にした時の感動――そんな気持ちで受け止めている。
俺は青峰っちも火神っちも、離れてくんだと思ってた。黒子っちを置いて。
二人が先へ進むために、世界に挑戦するために必要なことだって分かってはいたけど、どうしてもそんな気持ちがしてた。でもそうじゃなかった。
二人は自分という存在が黒子っちの中でどれぐらい大きいものか不動なものであるか知ってた。
黒子っちにとって自分がどういう存在かちゃんと分かってた。
あの頃どうしてもバスケで未来を描けなかった黒子っち。二人が寂しいって一緒に来てくれなんて言ったら、その輝きを影の存在で鈍らせたら、彼は自分を責めて傷つけて己を憎みさえしたかもしれない。
だから無理に連れて行きはしなかった。
緑間っちが俺に言った通りだ。

光り輝くことが黒子っちに対する一番の愛の形だと二人はちゃんと分かってたんだろう。
さすが彼の光たち。

俺への二人からのコンタクトはそう多くはないけど少なくもない。
テツは元気か、とか本人に聞けよとか思うけどできないのが青峰っちで、これ食べさせろとばかりにいきなりレシピとか送ってくるのが火神っちだった。
黒子っちねアンタのあげたあの白いマフラーまだ大事に使ってるんスよって報告すると電話越しに嬉しそうに笑うのが青峰っちで、今でも誠凛近くのマジバのあの席でよくシェイク飲んでるっスって報告すると今もかよって楽しげにするのが火神っちだった。
二人はNBAのそれぞれのカンファレンスで、敵とだったりチーム内のスタメン争いだったりを、負けたり打ちのめされたり這い上がったりしながら頑張っている。勝った時は拳をね、どっかに向けてるのをチームのファンたちにネットとかで謎として書かれたりしながら、楽しそうにバスケをしている。
そんな姿を見て黒子っちは、既に開けた作家という道ではなく、もっと他の、魂を捧げるような、情熱の全てを注ぐようなものを探して勉強に励んでいる。
かっこいい関係だなと俺は思う。


きみのことは好きです、って彼が言う。
でもって続くことは予想がついていた。
でも分かっているはずです。ボクは自分のどうしようもない部分で深く彼らを思っている。
そう先に続く言葉への答えをずっと出せなくて俺は彼と向き合えなかった。気持ちを言えずにいた。
今はもうそんなことはない。

「ねぇ黒子っち。黒子っちが二人を思う気持ちが愛であってそうじゃないみたく、俺が君に向ける気持ちもやっぱりどっか世間で言う愛とは違うと思う」

初めて出演したドラマ。脇役だったけど話を展開させる重要な役で、その中に『俺は貴方の一番になりたい。愛しているんだ』という台詞がある。
一番になりたいという気持ちが愛の定義に含まれるのなら、彼の一番とは願わないこの気持ちはどこか愛とは違うのかもしれない。
あの二人のものとも違うし、黒子っちが二人に注ぐものとも勿論違う。
でもきっと全部間違いじゃない。

「だから黒子っちが俺に向ける思いも、型にはめた何かの形をとってなくていい。黒子っちが知識として知ってる愛の形をしてなくても構わない。ねぇ黒子っち。俺はそばにいたい。そばにいて欲しい。前はあの二人みたく黒子っちの光になりたかったけど、そうじゃないって気付いたんス。光と影の関係ってすごいって今でも思うけど、俺は高め合うとか補い合うとかそんなんじゃなくって、ただそばにいて、黒子っちがつらいときとか悲しいとき、大丈夫って抱きしめたいし、俺が泣きたい時とかそばにいて撫でてほしいし、何が楽しくて何が嫌いでどんな本が好きでどんな映画は苦手でそういう他愛無くて、特別じゃない毎日を黒子っちと、俺は…」

涙が止まらなくなって格好がつかない俺を黒子っちの腕がぎゅっと抱きしめる。
そのせいでもっと涙が止まらなくなる。
青峰っちと黒子っちのような、火神っちと黒子っちのような、特別な奇跡のような関係じゃなくていい。
例えばいつか一緒にバスケしようって青峰っちが言ったら彼はもう満足したはずのボールを持ってその望みを叶えるだろう。絶対言わないだろうけどもし青峰っちがそばにいてくれって言ったらきっと迷わず飛んでいくに違いない。
例えば黒子っちが大きな壁にぶつかった時、状況なんか知らないくせに火神っちから電話がかかってきて世間話のような会話をしていると思ったら、電話を切った後の黒子っちはきっと何かを越えている。
そんな関係じゃなくていい。
平凡で普通でありきたりな、でも隣にいるだけで幸せな、そんな愛がいい。

願う俺に、君は。
こんなにも誰かをいとおしく感じるのははじめてです。
そんなことを言って俺を世界一の幸せ者にして。
号泣してぐしゃぐしゃの俺にキスをして。
確かに望んだ形の愛をくれた。








【愛に似た愛ではない三通りの愛の話】