【ゲス峰と残酷ろこ】







青峰大輝の女の好みは分かり易い。
一言で言えば“胸がバーンとなっている女”である。
単に胸が大きい女では人によって基準が異なってしまうので相応しくない。
だが胸がバーンとなっている女と言えばだいたいの人間が一定の大きさ以上の胸を思い浮かべるだろう。
だからこそ人は青峰の好みの女性像を説明するときは総じてその言葉を使うことにしている。
他には?という質問は意味ををなさない。
青峰が付き合う女はそれ以外の共通点などないからだ。
性格が悪かろうが家庭的だろうが金髪だろうが清楚だろうが秀才だろうが背が低かろうが、当人は別に気にする様子はなく告白してきた女のうち胸がバーンとなっている相手とだけ付き合っている。
そんな基準で選ばれた歴々の彼女たちはみな美人揃いだと有名だったが、前述した通り胸しか見てない青峰が選り好みしたわけではなく、そもそも大学内において青峰という男が自分に自信のあるような女しかアプローチできないような存在であることが大きな要因である。
国内において最強とも評されるバスケットプレイヤーというだけで騒がれる要素は充分なのに、最強という名に見合うだけの体躯を持つ彼は日本人には滅多にないような2メートル近い身長を持つ。背が高い男というのは、昨今の厚底靴や11センチヒールの流行により高身長化が進む女たちにとって、隣に並んだ時の身長差を気にしなくて済む相手であり、結構な重要ポイント。
しかも青峰は、身長高いからまぁ顔は少しぐらい目をつぶろう、なんていうような時に醜くもある女の下心など出る幕もない程、誰が見ても100%、完璧にイケメンでもあった。
いわゆる正統派というわけではなかったが、タイプとかタイプじゃないに関わらず誰からしても「青峰くん?分かる!かっこいいよね」という会話が校内のどこかしらでされている程の、イケメン。
バスケ、身長、顔とそろえば大学の注目の的で競争率はとんでもないものとなる。女同士の熾烈なバトルに勝利したもののみが青峰に近付くことができるので歴々の彼女に美人が揃うのは自然のことである。
そういう事情もあり告白するのはある程度以上に自分の容姿に自信のある、胸の大きな女が圧倒的に多いが、中には心から恋い慕い純粋な思いを抱えた者も勿論いる。
常時威圧的な言動ややる気のない怠そうな気配を纏わせているのとは違い、体育館にいる時の青峰は生き生きとし、溢れ出して止めようもないような高揚の中で本当に輝かんばかりの熱量でバスケに励んでいる。そのエネルギー引き寄せられて女たちは恋をする。
バスケ中に見せる、男の自信に満ちた表情、にやりと口角上げて浮かべる笑み、挑発を含んだ獰猛な眼差しに充てられて、落ちるように恋をしていく。
しかし一番重症になりやすいのは、とある時の青峰を目撃してしまった女たちだった。
絶えず彼女を持ちながら恋人と一緒に過ごすことをほとんどしない男は、時間が空くとすぐに一人でふらりといなくなる。
大学の外に出ていることが多いようだがたまに建物の外れに設置されたベンチの下で携帯をいじっていることがある。
髪と同色のそれを太く長い指で操作しながらたまに彼はふはっと快活に笑う。
くたびれた色のベンチの背もたれに腕をまわして、上手く配置された木漏れ日の下で何の二心もないような顔で笑うその表情を目撃してしまった者は最後――人が恋に落ちる瞬間ナンバーワンは普段とのギャップである――胸を鷲掴まれ抜け出せない恋に落ちる。
きっと彼はみんなが思っているような乱暴な人じゃない。人には見せない隠されている部分も全部理解してあげたい、私があの人の居場所になりたい。そんな思いを燃やして付き合った女たちもいる。
しかし青峰は、いくら好意を示されようが愛していると泣かれようが少しも感情を揺るがすことはない。
干渉されることを嫌い例え彼女であろうとヤる時以外は決して家に入れようとせず、掃除や料理を申し出されても余計なことはすんなと一蹴し、次いつ会えるの?と聞かれてもほぼ毎回忙しいから分かんねぇとぞんざいに返事をする。
それが何度か続きうざくなれば簡単に捨てる。今まで例外は一人としていなかった。自分が面倒を感じればすぐに、冷酷なまでに徹底して別れを告げる。

そんな男だと皆知りながら、彼女になりたがる女は後を絶たない。
酷い男と分かっていても、その強烈なまでの男臭さ――鍛え上げられたしなやかな筋肉に覆われた肉体や浅黒い肌に野性的な顔、粗野な物言いばかりで優しさなんて何一つないくせに声だけに腰砕けにさせるような重低音――はとてつもないセックスアピールとして女たちを惑わせ雌の本能に火をつける。鋭い双眸に見つめられ、太い腕に腰を抱かれ、耳元で囁かれたくなる。
だからこそ例え過去の彼女たちが、素っ気なさに傷つけられる所かデートしようと誘いをかければ邪険にされ、ならば講義の間のお昼だけでも一緒にと縋り付いても腕を振り払い、寂しさを我慢できず「私たち付き合ってるんだよね!?なんで一緒にいてくれないの」と泣けばうぜえの一言で切り捨てる男だと分かっていても、青峰がフリーだと知れるや否や告白する女たちは後を絶たない。

青峰にはとある元カノにゲスい、マジあの男ほんとゲスい!と涙ながらに語られる逸話がある。
付き合っていた当時、彼女は細心の注意をもって青峰に接していた。決して我儘を言わず干渉もせず、でも自分の精一杯で青峰を大事にし尽くした。呼び出された時には綺麗に磨き上げた身体で会いにいったし、抱かれた後すぐに帰れと言われても言うとおりにした。そのおかげか結構長く続き、気が向いた時であればランチを一緒してくれるようにもなった。ランチの間中ずっと携帯を気にしてたり弄ってたりしていたが。
寂しさは残りつつも、上手くいっていると思っていたある日、それはクリスマスの1週間前のことだった。
年に一度の恋人たちの日、クリスマス。その日ぐらいは共に過ごしてくれるだろうとさすがに期待していた彼女に向かって放たれたのは、「なんでお前とんなことしねーといけねぇんだよ」という一言だった。
吃驚しすぎて言葉もなく固まったままでいる恋人に青峰はさらに追い打ちをかけるように「っつーか予定あるわその日」なんて言いすらする。
嘘、なんでと呆然としながら「なにそれ…浮気…?」と彼女が呟くと凶悪顔になって「はぁ?」と不機嫌さを露わにした。
だって用って他の女とじゃ、という彼女の心配はすぐに同性との用事と否定されたが男だったらいいという問題ではなかった。
むしろクリスマスに自分と言う彼女がいて、なのに友達を優先するという訳分からなさと、自分とクリスマスを過ごすことを“そんなこと”と表現する青峰にとっての己の存在の軽さに泣いてその場で別れを迫っても、表情一つ変えなかった男のゲスさたるや筆舌に尽くしがたく、後続の者たちへの教訓として語り継がれている。









黒子テツヤという名前はその大学内で地味に有名であった。
いつでも話題にあがっている名前というわけではないが、ある一定の期間毎に一人の女性とその友人たちの会話の中に登場し、噂好きな人々の口を通して小波のように伝わっていく。
しかしほとんどの人間が黒子テツヤが誰なのか知らない。
名前を聞いても、誰それうちの学生?とみな首を傾げる。
まことしやかに実は存在しない人間説まで流れているぐらい黒子という男に関する情報は僅かばかりで、容姿も性格も所属している学部も知られていない。
ただ誰と誰が別れたらしい、というありがちな噂話の中にだけその名は登場する。

それも結構な頻度で。

そもそも黒子テツヤの名前が有名になったのは目立ったことをしたわけでも、派手なことをしたわけでもなく、ただ単に別れ話の相手役として名前を聞く頻度が高かったせいである。
また黒子かよ、というぐらいのお馴染み。
しかし不思議なことに噂の発生源である元カノたちは決して黒子の悪口を言うでもなく「私黒子くんと付き合ってたけどやっぱりダメだった。フラれちゃった」とため息交じりの諦め顔で事の顛末を友人に語るらしい。噂から垣間見える異様な回転率と相まって、どんな付き合いを経てどんな別れ方をしたらそうなるんだ?という聞く者たちの好奇心をくすぐる話ではあるが、何人もの挑戦者を生み出しながらも黒子テツヤの詳細を掴む者はいまだ現れていない為、どういう高度なテクニックにより可能となっているのか解明されずにいる。
元カノたち曰く黒子テツヤはすごく影が薄い人、らしい。
探しても見つからないのは存在感が普通にしていたら気付かないレベルの希薄さ故で、目を凝らしたって見つけられない。
好きだった男を語る時の第一声として「影が薄い」から入るのはどうなのだろうと首を捻る聞き手に対し、彼女たちはでもねと続ける。
でもね彼はとっても優しくて、とっても男らしいの。
そう言う顔は例え別れた後でも穏やかな笑顔なので、人々の黒子像は勝手にどんどん作り上げられ評価も右肩上がりにのぼっていく。

しつこい男に言い寄られてそれがちょっと身の危険を感じるぐらいで内心パニックになってた時、間に割って入ってくれたのが最初。
助けて、相手を追い払ってくれただけじゃなくて、友達と合流するまでずっと私のこと気にかけてくれて押し付けがましくない態度とか丁寧で優しい物腰にすごく安心して、後日改めてお礼をしたんだけどその時話せば話すほど惹かれてっちゃって、なんか気付いた時には恋してた。
彼は、こんな人が彼氏だったらいいなって思わせる雰囲気がすごくあって。あまり背は高くないし、見た目は男らしさの欠片もなくてむしろ私が守ってあげなきゃって感じなのに、性格がすごい男らしくて芯が通っててしかも紳士だし、人のことよく見ててさっと助けてくれるとことかカッコいいし、口数は多くないけどいろんなこと知ってるから話してて楽しいしちょっと文学的な会話の切り替えしも素敵だし、少しでも仲良くなるともうだめ。会う度にこの人が彼氏だったらいいのに、って言葉が頭の中をぐるぐるしてるの。
と仲の良い友人に興奮気味に語ったのは中学時代から数多の男と付き合ってきた今年のミスである。
ちなみに黒子テツヤの魅力の前には百戦錬磨も形無しらしいという噂が大学内を駆け巡ったのはつい最近、二か月程前のことだったが、また新たな元カノが誕生し数日以内に噂が流れるだろうことがすでにもう決定している。

新たな元カノは溌剌としていて異性の友人も多いタイプ、派手顔のミスの前は人の影に隠れているような大人しげなタイプ、ということから分かるように、一見付き合う相手に見境がないような黒子だが、彼は別にストライクゾーンが広いわけでも単なる女好きな訳でもない。
むしろ相手に対して誠実であろうとしたからこそ恋人がいない時に告白をされると誰とでも付き合うなんて事態になっている――ということを歴々の彼女たちだけが知っている。
「あなたを知る為、という名目での付き合いからでもいいでしょうか?」少し困ったような顔で告げる黒子は過去、のちに最初の彼女となる女性からの告白を断ろうとした時に言われたらしい。――私のことを知らないままでチャンスもくれずにフるなんてひどい!と。
気持ちがないならきっぱり断るべきという考えでいた彼としては目から鱗。悩んだ末、でも確かにそれも一理あるかも知れないと考え、以降は前提をつけた上で全ての告白を受け入れるようになったという。
その話を聞いた時、告白した女性たちは最初は皆それに感謝する。
気持ちが自分に向いていないのは悲しいけれどチャンスがあることは恋する女にとって嬉しくないはずがない。
そして付き合ってから好きになってもらおうと気合を入れて頑張れば、応えるように黒子も彼女を大事にしてくれる。
恋人であるときの彼は、友人であったそれまで以上に優しく接してくれるのはもちろん、我儘を言っても仕方のない人ですねと甘やかしてくれ、穏やかで安定した幸せをいつも与えてくれる。
彼氏としてこれ以上はないような黒子の態度にしかし、しばらく付き合っていると勘のいい女性たちは必ず気付いてしまう。
決して立ち入らせてもらえない境界線を黒子は持っている。
何をしてもどうやってもその線は越えられず、むしろそれが何の線であるのか分からないまま穏やかな時が過ぎ、そして黒子の優しい謝罪で関係は終わっていく。
最初から優しい男は最後まで優しいことを知る。私のことをそんなに見ててくれたんだ、こんなに知ってくれてたんだと感動すら覚えるほどの言葉を送られ、でもすみませんと別れを告げられるともう、彼女たちはしょうがないと受け入れるしかない。
それ所か真摯な言葉は女心を深く慰め、きっと自分と彼には縁がなかったんだと諦めに変わり、こちらこそありがとうと微笑む余裕すら作り出してしまう。
だからその後までずっと綺麗な思い出としてだけ黒子は残る。


与えられたあたたかな言葉や教えてもらった自分の長所を励みに次の恋へと進んでいった彼女たちが、しばらくしてふとその頃を振り返ると盲目が取り払われた後だからこそ気付くことがある。
そして付き合った期間が長くなかったからこそ上手く隠されていたその事実に気付いてしまい、寂しく笑うことになる。


黒子テツヤは、最初から別れを決めている。甘い夢だけを見せて結果は必ず決まっている――覆ることがないと分かりながら付き合う、残酷な男だ。
それでも日々新たな犠牲者は増える。






***  ***  ***  ***






青峰大輝の毎日は忙しい。

時間があれば大抵バスケか筋トレをしているのが普通、空いてる時間なんてもんは存在しない。
朝は3回目のアラームが鳴ってるあたりでようやく起きる気になって、まだ隣でうだうだしてるテツを実力行使で起こす。甘やかしてたらいつまで経っても起きないことは過去の経験上分かりきったことなので無理やり起こされたテツが不機嫌になろうと手加減はしない。ちゃんと起きたのを確認しながらロードワークに出て、しばらくしてから戻りシャワーを浴びれば既に身支度を整えたテツが朝ごはんと一緒に並んでいる。
量も品数も多いそれを片っ端から片づけながら、オレが食べる半分以下のさらに半分じゃねーのそれと毎日思ってる量の飯をもだもだ食べてるテツの口に適当に掴んだものを押し込みつつ食事を終える。
その後は日によって変わるが頼み込んで課題を手伝ってもらったり、本を読んでるテツの横でだらだらと雑誌を読んだり、一限がある日はゆっくりする間もなく飛び出たりする。
家に入り浸るオレに文句を言うのを諦めてからは勝手にどうぞと渡された合鍵があるし、テツが出掛けたあともオレだけ残って合宿の荷物詰めなんかをしてることもある。
昼間は大抵大学にいる。バスケするのは楽しい。
時間が空けば昼寝をし、たまに講義、たまに課題、テツと朝に時間が合わなかった時はどーでもいいような内容のメールを送ったりしてれば一日はあっという間に過ぎる。
帰るのはだいたいテツのアパートだ。オレも大学に入ってからは一人暮らしで、部屋はあるが女を連れ込むぐらいしか使ってないし、むしろそれ用扱いをしてる自覚がある。
前はそれでも夕飯を食べた後帰ったりしていたのも今じゃ全然していない。だからそこが自分の家だという意識なんてほぼゼロだ。居心地がいいテツの方にこれからも入り浸るつもりしかない。
駅を出てスーパーに寄るのが習慣みたくなったのは、さすがにテツのとこの食費のほとんどが自分の分だと分かってるからで、なくなってそうなものを適当に買っていくようにしている。
たまに買い物に失敗して保存用のダンボールの中が芋ばっかとか冷蔵庫にネギばっかとかになったりする。肉ばっかりになったチルド室は、もちろんわざとに決まってる。
いつも鍵をかけ忘れている玄関――マイペースっつーか我が道を突っ走ってくタイプの男が家主なので、何度注意しても本人が大丈夫と主張する以上どうにもならない――を開ければそこはすぐにキッチンダイニングで、フライパンの前にぼーっと立ち中を眺めてるテツが、おかえりなさいという台詞を見つめてる先の食材に送ることにはもう慣れたから寂しいなんて思ってない。
でも振り返りもしないのを見る度、これが強盗とかだったらどーすんだと思う。
過去足音で分かりますというまあ一応は納得できる回答を返したテツに、そもそも鍵かけとけばいーんじゃね?というオレの言葉は届かなかった。
冷蔵庫とその横のスペースに買ってきたものを詰めながらどうでもいいような会話をして、そのあとは手が要るようなら手伝いそれ以外の時はソファでごろごろして過ごす。
テツの方が遅い日もたまにある。そういう日はオレが適当に二人分作る。特に決めたわけじゃないのにいつからかそうなっている。
バランスとか考えてあんだろーなって一目で分かる夕飯を食べ片づけ終われば、テツ好みの外国の白黒映画を見たりNBAの録画を見たり、近場のストバス場でバスケしたり瀕死のぐてっとした身体を抱えながらマジバのバニラシェイク買ってやったりあるいはコンビ

ニで懐かしいようなソーダ味のアイスを半分食べたりする。
その頃時間は既に深夜で、あとは風呂に入って寝るだけだ。
そんな風にオレは毎日忙しい。






黒子テツヤの夜は夕食作りという大役が待っている。

ボクの得意料理がゆで卵であることから分かるように、料理では“加減”をみる作業が一番得意だ。
他人からも評価の高い観察眼を活かして、ゆで加減焼き加減煮込み加減をコンロの前でじっと見つめ、気泡の大きさや湯気の量じゅわじゅわという音他いろいろな情報からベストなタイミングを判断するのが得意で、一度覚えてしまえば間違うことなんてそうそうない。
逆に失敗が多いのが味付けで、別に自分が味覚音痴だとは思わないけれど薄かったら塩でも胡椒でも醤油でもかければいいという思考回路持ちなので大して反省もせず、似た様な失敗を繰り返す。
そもそもボクは料理の上手い下手は食べることへの執着と密接に関係していると考えている。
食べることが好きな人は美味しいものを食べるのが好きなわけで、自分で作る場合だって妥協しない。作って食べて反省し、次に活かす。そうしてレベルはどんどん上がり、結果質も高くなれば作れるものも増えていく。
しかしボクの場合、まず食べることがあまり好きじゃない。というか面倒だと感じる性質である。
食べてる時間があるなら他のことをしていたい。読書とかバスケとか。
三大欲求のうち、食に関してボクの中で占める位置は最下位に近く、許されるのならサプリメントで生きていきたい。
バスケをしている身としてそれはあまりにもアレなので実行に移したことはないし、きっとこれからもそうする予定はないつもりだけれど、一人暮らしをはじめたばかりの一時期はご飯=バニラシェイクという生活をしていたこともあったぐらいにはこと食事に関してボクは限りなく怠惰であった。
そんなボクが今は欠かすことなく自炊し、栄養バランスのとれた食事をちゃんと用意することに結構な労力を傾けているのは勝手に家に入り浸る男のせいである。
1DKの部屋で存在感を放っている大きな本棚にはあらゆるジャンルの本の他、何冊にも及ぶ料理ブックを並ばせている。
簡単に!とかひと手間で!というのがうたい文句のものはすぐ見れるようキッチンスペースに置いてあるのでそこにあるのには少し手の込んだ、食卓で主役を張るようなものばかりが載っている。
ちょっとした空き時間にそれをパラパラとめくって何それを作ってみようと考えている自分の変化は、以前と比べると劇的だけど当たり前にすら思う。変化を促す人間が青峰大輝ならばそれは必然と言っていい。
失敗せずに作れたとしても、段取りをシュミレーションし、材料をきちんとそろえて量をはかって手順を確認しながら作られたレシピ通りの料理は、確かになかなか美味しいがどこか堅苦しい味の気がして自分では好きではない。のに、青峰くんがいつもうまいと言ってくれるせいでついつい作ってしまう。
ボクとしては彼の作るダイナミック料理の方がほっとする味がして好きだ。

毎日ボクの家に入り浸り夕食も食べている青峰くんに彼女がいるかどうかは知らない。
中学時代からすごくモテる人だったのでいないはずがないしたまに今彼女いるかもしれないと気付くこともあるけれど、一日のうちの十時間ぐらい、一週間の約半分、一か月の結構な時間、一年のほとんどを一緒に過ごしているのでどんな付き合い方をしているのか大いに疑問である。
彼女の存在を確信してしまえば自分の性格的に彼の不誠実さに口を出さないでいるのは無理だと分かっているので聞こうとは思わない。
口を出したが最後、必ず「じゃあテツはどうなんだよ?」と藪蛇をつつかれるに決まっている。
恋人は大切にするものだと思っている。思ってはいても、優先順位を変えることは中々難しい。
青峰くんと一緒の時、常時振り幅の小さい自分の感情が大きく揺れ動くのはしんどくもあるし、楽しくもある。観察眼を磨くようにしてこれまでの人生を生きてきたボクは何でもかんでも外側から眺めようとするくせがついていて、いつも物事を直接自分には及ばないガラス越しに見ているような感じで、だからだろう、感受性も鈍めだ。それに影が薄いのも加わって、なんとなく世界から外れた所で息をしている気持ちでいることが結構ある。
でも青峰くんといる時はいつもボクはここに、彼が息をして見ている世界と同じ場所にいると感じる。
同性相手にとんだ執着だと思いながらも、ボクにとってやはり彼は特別だ。昔からそうだった。それは彼を思いながらバスケをしすぎた弊害なのかもしれない。




青峰大輝は最近、テツが女だったらなと思いながら毎日を過ごす。
セックスの相手も兼ねれたら完璧なのにと内心思っている彼の頭に同性間でのセックスという言葉は存在しない――今はまだ。



黒子テツヤは毎回、今度こそ青峰くんよりも優先したい人になるといいなと思いながら恋人を作る。
しかし合鍵を渡した時点でもう、そんな人とは一生会えないかもしれないと半ば諦めている。