伝えたい言葉が伝えたかった相手に届くのは奇跡と言っても過言ではないだろう。
そんな一つの奇跡はある日のおは朝ラッキーアイテムによってもたらされた。





「緑間くんが歌うとは予想外でした」
「ふん。俺だって歌ぐらい歌える。何より勿体無いにも程があるのだよ」
確かにフリータイムでカラオケに来て一曲も歌わないのは勿体無いの極みかもしれないと、全く歌うつもりがない自分のことは棚に上げながら黒子は考えた。

たまの休みの朝に鳴った携帯はメールの受信をつげ、差出人を見ればメル友になって久しい高尾和成の文字。
なんだか気が乗らないまま開いてみればそこには13時☆駅前集合!と書いてあり、とりあえず何で彼は今日はオフだって知っているんだろうと思った。
無言のメールを返せば間を置かず着信がありあーだこーだというやり取りの末、13時の駅前にはなぜか高尾と緑間と黄瀬と自分がそろって立っている事となりルンルンとでも効果音がつきそうに元気な黄瀬に手を取られいつの間にかカラオケボックスに入り和気藹々(僕除く)としていた、というのが現状の説明である。
まぁようするにいつもの如く緑間のラッキーアイテム騒動に付き合わされているだけだ。今日はマイクがそうらしい。
次々と曲を入れていく黄瀬と高尾、そしてまさかあまり歌わないと思っていた緑間も結構楽しんでいる様子が憎らしい。
なぜ僕までよんだと黒子は思いっきり主張したかった。
お前は何か歌わないのかと緑間に聞かれるので「僕は結構です」とココアを飲みながら返事をすると流行の曲を二人で歌っていた高尾と黄瀬がダブルで振り返って盛大な抗議が送られてくる。
「えー!?俺黒子っちの歌聞きたいっス!」
「俺も興味あるわー。テっちゃんっていつもどんなの聞くわけ?」
いえ僕は、とか、あんまり聞かないです、という黒子の言葉は鮮やかに無視され二人はこれは?こっちは知ってる?と次々に声をかけてくるので面倒になって適当に頷きを返したら、その曲番号は転送されてなぜか手の中にはマイクがあった。ちなみに押し付けてきたのは緑間だ。救う神はどこにもいなかった。
イントロが流れ出しぱっと画面に歌詞が表示される。歌わないという選択肢もあったけれどそこまで拒否をするようなことでもないと思い息を軽く吸って歌い出した。
ら、ぱくんと口を開けた黄瀬の間抜けな顔が目の端に映って気持ち的には「・・・・・・」である。
なんだ僕はそんなに下手か。
若干イラっとなり、しかし歌わせたのはそっちだと半ば意地になって歌いきってふん、と周囲を見ればなぜか他の二人も驚いた顔で自分を見ていて黒子のほうこそ吃驚した。
なんですか?そんな下手でした?と今度は凹みそうな気分になって開こうとした口は黒子っちーーーーーーーー!!!!!!と大興奮で抱き尽きてきた黄瀬に強制的に閉められた。
「すごいっス!上手いっス!!ああぁぁぁ黒子っちすごい大好き天才上手すぎ大好きっス!!!!」
「マジでテっちゃん上手すぎてビビる!」
「・・・・・・黒子にこんな才能があったとは知らなかったのだよ」
一度にまくし立てられてぽかんとしたままでいるとはぐはぐと抱きついていた黄瀬がバッと離れ、急に端末を操作しだす。それを覗き込むようにしたのは高尾で、嫌な予感がしてなにをしているのかと問えば次に歌ってもらう曲を選んでいるという言葉が返ってきたので瞬時にマイクは押し付けた。黄瀬に。
そして「僕はもっと君の歌が聞きたいです」と提案すればあっという間にピンチは回避。さすが黄瀬くん頼りになりますと再びココアを飲む作業に移った。
といっても空いた端末を目の前に置かれたので完全な回避には至っていなかったことを知る。
「嫌ならば無理にとは言わんが折角だ。自分が歌いたい曲はないのか?」
歌いたい曲、か。
もともと音楽を聞く性質ではないから歌いたい曲と言われてもぱっと思い浮かばない。日常的に『歌いたい曲』なんて項目の思考を持っていないことが大きな要因だろう。
バスケバスケバスケ、それとバニラシェイクが少し。自分の思考なんていつもそんなものだと考えて、そんなバスケ馬鹿っぷりに少し笑いが零れた。
「お、なになに?なんか思いついた?」
それに反応した高尾が楽しげに聞いてくるのに首を振りながら否定すると「なんだー」と残念そうに言われて驚いてしまう。
「え、まさか君も僕に歌えって言うんですか?」
「なに驚いてんのー。あたりまえっしょ!テっちゃんまじ上手いし」
・・・そんなものなんだろうか。例え聞き苦しくない程度に歌えていたとして、それでも本物の歌手でもない人間の歌を聞いて楽しいものなんだろうかと頭にクエッションマークを浮かべてはみるけれどいくら考えた所で自分では答えなんて分かるはずもなく早々に投げ捨てることにする。
とりあえずここには「じゃあこの歌知ってる?俺好きなんだよねー」と端末を見せてくる高尾とマイクを持ち黒子に差し出す準備が万端に整っている緑間と、そして歌いながらちらちらとこちらの様子を見るせいでたまに歌詞を間違えている黄瀬がいて、彼らが聞きたいと言ってくれるのだからまぁいいかという気がしてきて素直に端末を受け取った。
出ていた曲名は知らないものだったので謝ってからホーム画面に戻る。
曲名検索、歌手検索、ジャンル別・・・といろいろある項目を順に見ていくが着地点がまったく見えていないのでぴんとこないのは当たり前だ。どうしようかと考えた所で履歴という項目を見つけてあぁこれならば見知った曲を適当に選べばいいだろうと思いつき画面に触れると思ったとおり最近の曲から名曲と言われるものまでが不規則に表示されている。歌えそうな曲がいくつかあってほっとした。
そしてどれにしようかと一ページ、二ページと進んでいきながら、とある歌手名を目にした時リズミカルに押していた指が止まってしまったのは少し動揺したからだ。表示されている曲名とは違う、連鎖して頭に浮かんできた曲の存在にまさかその曲は、と思い、でも・・・、と心がざわめいていく。
その曲をはじめて聞いたのは卒業を間近に控えた中学三年の春のことだった。ラジオから流れてくる歌の歌詞をなんとなしに聞いていたら、数フレーズ後にはたくさんの記憶と感情が溢れてきて衝撃が胸を焼いて気がつけば涙が零れていた。
彼と共に過ごした日々への愛しさで心が震え、悲しみが呼吸すら奪い、痛みで何度も魂が傷つき、それでもその曲を聞くときらきら、きらきらと目蓋の裏側に大好きだった彼の笑顔が繰り返し繰り返し蘇るような。
僕が彼に伝えたい思いや決意でできたようなその曲をいつか自分の声で言葉にして歌ってみたいとさえ思わせたその曲。
歌いたいと心が動いた。
でも――。
でも今ここで黒子がそれを歌ったりしたら。
3人は間違うことなくすぐにたった一人を思い浮かべるだろう。
だから躊躇う。この場で歌ったりしてもいいものかと。
けれど一回、その歌の存在を思い出してしまったらもうダメだった。他への思考なんて一切働かない。
言い訳を、した。
滅多にカラオケに来ることがない自分が今歌わなかったら一生その機会はないかもしれない。だから――と。
ピッ、ピッ、ピッと操作して目当ての曲を表示させる。胸がぎゅうっと詰まった。
テレビ画面上部に表示された文字に黄瀬がパァァァっと顔を輝かせながらこっちを見る。その反応を見て、黒子が歌うというただそれだけに反応して嬉しげにする彼に少しだけ申し訳ない気持ちになった。


曲の名前はさよならのかわりに、花束をという。






一番を歌いきった時に目に入った3人の少し強張った顔は、二番の最初のフレーズでまず黄瀬が決壊した。
ぶわっと一気に涙をためてすぐに溢れたそれはぽろぽろと彼の太腿に薄い色の生地に落ちて染みをつくる。

サビの部分で眼鏡の下に伝う涙をそのままに軽く顔を伏せたのは緑間だった。
隣で歌う黒子の左手を強い意思を持って握り締めながら彼はかすかに肩を震わせた。

最後のメロディーが空気に消えていくまで高尾は怖いぐらい真剣な顔で聞いていた。
そしてそれから一瞬後、困ったように笑う。それは誰に向けてというよりも自分自身への感情の発露のようだった。


歌い終わり誰もが何も言葉を発しない中、黒子はテレビ画面を見る振りをしてまっすぐ前だけを見ていた。
別離を歌っているようで永遠の変わらぬ想いを歌う。あなたがいたから私がいると、大好きな大好きなあなたと歌い、そしてさようならと告げるその歌に、前だけ見ていなければ僅かの拍子に自分の中の大きな何かが壊れて表に出てきてしまいそうに思えて。
だから立ち上がった黄瀬が数歩の距離を歩き抱きついてきた時そのドンという衝撃に身体が揺れて少し危なかった。心も一緒に揺れたから。
黒子っち黒子っちと名前を呼びながらぐずぐずと泣く彼の金色の髪を黒子は優しく撫でた。そうしたら潤んでいた視界は不思議と正常を取り戻していく。ありがとうございますという気持ちで心が埋まったからかもしれない。
痛ませない程度に力を入れて左手を覆う大きな手の指先を握り返した。

























*  *  *  *



















「テっちゃん」
雑踏の中で呼ばれて振り返るとついさっき別れたばかりの高尾がいて首を傾げる。
「何かありました?」
「うん。ちょっとテっちゃんにお願いがあってさー」
「なんでしょう。・・・・・・二人きりじゃなければダメなこと、ですか」
質問には答えることなく高尾はただ笑った。
観察眼に優れている者同士高尾と黒子は一部の会話をばっさり省くことがたまにあった。
この時もそうだ。
しばし相手の顔を見つめてから「無茶なことでないのなら」と頷くと、黒子はそのまま彼の家に連れ去られた。


パソコンを操作する姿を見ながら少しずつ憮然となっていく黒子に対する彼の言い分はこうだった。
「俺、テっちゃんの声とあの歌、すごい気に入ったんだよねー」















*  *  *  *

















アメリカでの生活は例えいつでも自信にあふれそれに見合うだけの実力がある青峰にとっても決して楽なものではなかった。
謂れのない喧嘩をふっかけられることもあれば、見下した態度や投げつけられるスラングに手が出かけたことも数えられないぐらいある。
挫折も、味わったことがないとは言えない。
そんな時青峰はいつも心の奥深いところにしまっているものを引き上げて、部屋のそこ一帯だけ綺麗に片付いている棚の上にあるそれから伸びるイヤホンを耳につける。
渡米の日、特別親しいわけではない、しかし顔見知りではある相手から唐突に渡されたそれ。
数日前に別れを済ませもう会うことはないかもしれないと漠然と思っていた人物の髪色を彷彿とさせる春の空のように澄んだ水色の小さな機械を突きつけながら鋭い目をして「あんたは聞くべきだ」と言われた。
まだ完全に別離の痛みを受け入れ切れていない青峰がしばし迷うような素振りを見せると更に目を吊り上げて今度は分かりやすく怒りの感情を浮かべた。ネチネチと遠まわしにも直裁的にも嫌味を言われ、イラっとなって立ち去ってしまおうかと思った時「あんたら天才の隣を必死になって着いていく俺たち凡人の気持ちをあんたちゃんと聞いてやったことがあんのかよ」という台詞に無言でそれを受け取った。
手にすっぽりとおさまるそれは軽かったけれど、とても重いような気がしたのは気分的なものだったのだろう。
聞こえてくるのはどんな言葉なのか、恨みや責めの言葉かもしれないとわずかにも考えた自分を、青峰は殴り飛ばしてやりたくなった。
俺はあいつの、テツの何を見てきたんだろうとすら思って、流れてくる歌に、声に、歌詞に機内でみっともなく泣いた。

『咲いた花をひとり見つめる たすけて じょうろが からっぽなの』
練習に行きましょうと何度も何度も屋上に迎えにきたテツ。
『さびしくて枯れてしまいそうだった それでも旅立つことを決めた』
全中の後、卒業するその日までずっと誰の前にも姿を見せなかったテツ。
『いつか どこかで 巡り会えたそのとき 笑っていられるように』
どれだけ傷つけても突き放しても、それでも手を伸ばしてくれたその手にもう一度重ねた拳を嬉しそうに見つめるテツ。
流れる曲とともにテツの髪色と同じ澄んだ声が歌う。
『あなたは私の水だった 光 輝く太陽だった』
『大地 海 風 輝くものすべてが あなたの形をとって 私をやさしく まっしろなシーツのように包んでいてくれてたの』
この歌を聞く度に青峰は思う。
お前こそ。
お前こそ俺のバスケに色をつける、太陽の光だった。バスケへの情熱を潤す水だった。
俺を高みへ押し上げる風で、他人と俺を繋げる海だった。俺を支える大地だった。
俺だって、俺の世界のどこにだって気がつけばいつもお前がいた。








寝転んでいた芝生の上、目を開けると見えるのは一面に広がるやわらかな青空。
耳に聞こえる声と一緒にまるで抱きしめられているようだと考える自分に苦笑が浮かぶ。
何年経っても、結局俺は――・・・。
メロディーも止まり周囲のざわめきだけが音源になった時遠くから呼ぶ声がした。
それに大声で今行くと返事をしながら立ち上がり、イヤホンをポケットにしまう。

俺たちの世界のどこにでもお互いがいたあの頃。
これが最後だと抱きしめあって眠った日から四年の月日が流れた。









【あなたがくれた花束を胸に抱き】