【一週間=12個入り×3箱÷7の謎】










駅から徒歩数分の場所にあるドラッグストアでバイトをはじめて早一年。
はじめの頃はレジが手隙になる度に頭の中でマニュアルを引っ張り出して第一声の挨拶から作業の流れお辞儀の角度までを反芻したり、100円と間違えて50円を出してきた客への指摘の仕方とかを考えていたものだけど、今の自分にそんな初々しさは皆無である。
手が空いているときはレジからお客さんをぼーっと眺めることが多くなった。


そもそもドラッグストアというのは中々人間味あふれるおもしろい場所で、人のプライバシーが駄々漏れな店NO.1ではないかと思う。
考えてみてほしい。ここには育毛剤も妊娠検査薬も油肌用の化粧水も口臭に効くうがい薬も精力剤も、その他もろもろありとあらゆる悩みとコンプレックスに関する商品が並ぶ。
例えどんなお客さんがどんな商品を買おうと得意のポーカーフェイスで対応する自信はあるがしかし、内心で大変だな頑張れよ!とか思ってしまうのはむしろ正常。
今のように暇な時なんかはつい気になって、ふらっと視線が動いてしまうのはもはや当たり前。
綺麗なお姉さんが買っていったものとかは、バーコードを読み取る時に見ただけなのになぜか商品名覚えちゃったりするのは仕方のないことなのだ。
所詮人間というのは好奇心のカタマリ。ここでバイトしていて何も思わず過ごすとかそれなんて無理ゲー?と言いたくなる。
まぁ一応努力はしている。
だからこそぼーっとお客さんを眺めることによって全体を背景と認識させ、個を識別させないようにと頑張っていたりするが、しかしそうすると無心になりすぎて、目の前に人が来るまで反応できなかったりという弊害もある為なかなかいい案とは言えないところだ。



この店は駅から徒歩数分圏という抜群の立地にあるにも関わらず、あまり客入りがいいとは言えない。
数ヶ月前に駅に隣接するショップに別の格安チェーン店が入ったことで多くのお客さんを取られたからだ。
それでも潰れずにいるのは他店とは圧倒的差を持つ品揃えのよさを売りをしているからだと俺は予想している。
贔屓にしてくれている常連さんがとても多いので一定数の来客はあり、他で見つからない商品を探しにふらりと店に入ってくるようなお客さんは一度にたくさん買って売上によく貢献してくれる。
忙しくないけどつぶれる心配もないというとても恵まれた職場。通ってくれる常連さんたちには本当に感謝だ。

そしてその常連さんたちは、勉強とバイトに明け暮れている俺に日々の活力をくれる。先述した通りの好奇心の対象として、だ。
バレたらいやほんとすみませんと土下座する必要があるぐらい、実はいろいろ覚えていたりする。
お気に入りのシャンプーのメーカーとか、最近メタボとハゲに悩んでいるとか、ほにゃららの周期とか。たぶん誰かに話したら変態最悪信じられないと罵られること間違いないのでそっと心の中にしまっている事実であるが、ほんとにいろいろ覚えている。秘密だが。
でもだからこそ商品入れ替えのためになくなりそうだったシャンプーを頼んで仕入れ続けてもらえるようになったし、脂肪燃焼に効果ありがうたい文句の値下げドリンクを来店日に合わせて出せてあげれたりとか。ちょっとは恩恵もあると思うので、どうか許してくださいお願いします。
そんな常連さんたちと親しくなったりとかはもちろんない。逆にいかにして黒子に徹するかと悩み努力しているので顔すら覚えられていないだろう。・・・と思いたい。
その中の一人に俺はすごく一方的な尊敬の念を抱いている。
むしろ感動していると言ってもいいかもしれない。することが男前すぎて。


その人が来るようになったのは少し前の梅雨の時期。ちょうど外は台風で、うわ電車とまってるとか俺今日帰れんのコレと思っている時だった。
店の中に自分以外の誰もいなくて気を抜いていた俺は自動ドアの開く音にはっとなってからちらりとドアの方を見て、しばらくぽかんとしてしまった。
客をじろじろ見るなんて失礼だとか見事に頭から抜けて、歩いていく客と一緒に俺の視線も動いていったけどその人は全く気にする様子もなく奥の棚へ歩いていった。
身長たかっ!という心うちでの第一声、次いでしかもイケメン・・・と続き、三度目の衝撃は客が持ってきたものによってもたらされた。
ゴム+ゴム+ゴムプラスローション×2である。
ちなみにゴムはそれぞれ種類が違い、ローションは同製品のため×2という表現になったことを追記しておく。
ちょっと挙動不審ぎみに応対した俺にさっさと支払いを済ませ、来たときと同じように一直線にドアを潜るとそこでその人物は足を止めた。
こっちからはドアが邪魔になって分からなかったがそこに誰かいるらしい。
真っ白い腕が伸びてビニール傘を差し出した。イケメンさんがその傘を広げ、左手は何かを抱えるように・・・たぶん傘を持っていた人を、腕の位置から見てその人の腰を抱いたんだと思う。
そのまま駅とは反対方向の住宅街方面へ消えていった。
所要時間おそらく一分。一瞬の出来事だった。

な。
うわ。
すげぇ。
ちょ。
マジ!?
以上がその時の俺の心の動き。
入ってきた人物の背の高さにまず驚き、うわー背が高くてイケメンとか・・・となり、今の人すごかったなーが、持ってきたものを見た瞬間ちょwというつっこみになり、会計している間はマジでかさすがイケメンは勝ち組・・・となった。
背中に向かってありがとうございましたーと言った状態のまま、人を待たせてたってことはその人と今から使うんだろうなとか下世話なことを思い、すぐに相手をちょっと見てみたかったとかいう興味にまで発展した。
そしてその後一日中、思い出してはいやすごいものを見たと謎の感動を覚えた。
それほどのインパクト。
ワイルドというか、男が総じてこうなりたい!って思うようなオーラがあったっていうか。そんな人がゴム+ゴム+ゴムプラスローション×2。しかも売り場まで一直線。それだけのために来ましたというのを隠さなかったのもなかなかできることじゃない。帰りのホーム、運転が再開された電車を待ちながらあの人のことは兄貴と名付けようとか思ってしまうほどのインパクトだった。



兄貴はこの店の品揃えを気に入ってくれたらしい。それからはちょくちょく買い物に来てくれるようになった。
何回来店しても、買っていくのはゴムとローションだけ。しかもそれほど間隔を開けずに来るので俺はいつも内心で兄貴を褒めたてる。
兄貴マジかっけー!(下半身的な意味含む)
二回目に兄貴が来たのは台風の日から一週間後、降っていないが今にも一雨ありそうな湿った風が一日続いた日だ。
ドアをくぐってきた長身に兄貴来た!これは常連さんになってくれるかななんて考えていたら、また一直線に奥の棚の方へと消えた。ちょっとしてから戻ってきた手にはゴム+ゴム×2プラスローション+ローションだった。これにはマジで感動した。心が震えたね!
兄貴一週間で使い切ったんですかwwと。
ちなみにゴム×2は前回も買って行ったのと同じ極薄タイプ、ローションの片方は入荷したばっかり。試したらしいバイトの先輩がヤバイぞあれ!と興奮気味に語ってくれた代物だ。兄貴のチョイス大正解。
それめっちゃいいらしいっすよ!というエールは口から出掛かったけど根性で飲み込んだ。
兄貴はそれからも来る度に3箱のゴムと2本のローションを買っていく。
一度にもっと買っていけばいいのにという素朴な疑問は何度も見ているうちに解決した。
カゴを使わないのだ。面倒なのかなぜなのかは分からないが兄貴は入り口すぐ横にあるカゴには目もくれずいつも一直線に奥の棚へ向かう。
右手でゴムを3箱掴み、空いている左手で毎回なじみのローションを取り目に付いた他の製品を1本中指と薬指で挟む、という流れらしい。
店内に女の人がいる時でも、売り場に先客がいる時でも兄貴の行動は一切ぶれない。その男前ぶりに俺はほんとうに感動している。


そんな兄貴を日々見ていると、気になってくるのはそのお相手のことだ。
俺は彼を尊敬しているのでできたら毎回相手が違うなんて男の敵のようなことはあって欲しくない。というわけで想像内では最初の日にちらりと見たあの白い腕の持ち主が兄貴の彼女さんで、その彼女さんを愛しまくっているという設定になっている。
うんうん色白っていいよな。いろいろモエる。普段が真っ白いから肌が紅くそまったとことか最高にエロいし、色白=華奢みたいなイメージがあるせいか征服欲を掻き立てる。
まぁ例え彼女さんの背が高くても少しぐらいぽっちゃりしてても兄貴と比べたら誰だって華奢に違いないだろうけど。取りあえず色白は重要な要素だと言いたい。
どんな人かなー。一週間でゴム使い切っちゃうぐらいだから心底惚れてるんだろうなとにまにましながら思っていると、自分の考えにふっと違和感を持った。
でもどんなに彼女さんにめろめろだとしても一週間でゴム3箱を使いきるもんだろうか・・・?
だって12×3=36回だぜ?7で割ると一日5回・・・・・・。いやいやいやいやいや兄貴どんだけ絶倫なんだ。
さすがにないない。きっとダチの分とか!うん多分そう。ダチの分買うとか絶対ないわって心が言ってるけどきっとそうだろううん。
考えるとわけがわかんなくなりそうだったのでゴムの数と兄貴の下半身事情については一切考えるのはやめようと誓った。



そして暑い夏も終わって少しずつ肌寒くなってきた頃、もう一つバイトをはじめた。
大学三年の俺の日中は学業とバイトで終わるため、夜にシフトを入れられるコンビニを二つ目のバイト先に選んだ。
将来エンジニアになると決めているから勉強は特に苦じゃないどころか最優先事項に近い。
勉強の時間はどうしても削れないので犠牲になったのは睡眠時間。
結構キツいがこれも自分の欲望の為。俺はいますぐにでもバイクが欲しいのだ。
趣味と実益を兼ねてよく出入りしている中古のバイク屋に欲しいなーと常々思っていたゼファーがほぼ新車の状態で入ってきた。
売るならこのぐらいの値段になるなと言っていたそれは少し頑張れば手が届きそうな金額で。俺は燃えた。
絶対買ってやる!という意気込みのもとはじめたコンビニのバイトは、ドラッグストアでの仕事と内容のかぶりも多くそれほど大変ではない。
住宅街のマンションの一階にテナントとして入っているおかげで来るのは近くにすんでいる住民ばかり。ここを選んで正解だった。
駅前のコンビニのように深夜でも騒がしい学生だったりへべれけになったサラリーマンだったりが滅多に来ないためいい職場である。ドラッグストアにしてもここにしても、自分の選択の正しさを褒め称えたい。


働きやすさと目の前のご褒美。
身体の方は少々つらくてももうすぐバイクが手に入ることもあって、その日上機嫌な俺はうきうきしながら商品の並び替えを行っていた。
最後の一個を並べ終わり顔をあげるとドアの開く音と一緒にコンビニ独特のピンポーンという来客を告げるチャイム音が鳴った。
立ち上がってもう一人のバイトのいらっしゃいませの声に続こうとしたら、入ってきた人物にびっくりしすぎて声が出なかった。
その身長、そのイケメン、その浅黒い感じ。兄貴以外の何者でもない。
まさか別の場所で会う機会があるなんて思ってもみず、一人焦ってわたわたしながらしゃがむ。しゃがんだ後に自分の挙動不審っぷりに気付いて商品を並べなおす動作で誤魔化してみた。

彼は迷う、とかをしない人なのかもしれない。
ここでもやっぱり一直線にペットボトルの並ぶショーケースへ向かい有名なスポーツ飲料を手に取った。2本。
ちらりと見た手にやっぱりカゴは持っていないななんて確認していると、移動した兄貴が棚を挟んだちょうど真正面あたりで止まった気配がしてひぇーっとすくみ上がる。
焦りと気まずさは勝手に俺が感じているだけで、たぶん向こうは俺のことなんて覚えてないだろうと分かってても頼むから声とかかけられませんように目とか合いませんようにと願った。
願いが通じたのか、というか絶対眼中になかっただけだろうが兄貴は何かを手に取るとまた一直線にレジに向かった。その長身と目つきの鋭さにバイト仲間が若干ビビっているのが分かるがフォローに行く気は皆無。
とりあえず今度は早くいなくなってくれることを祈る。
もたもたとした会計(ほぼ同僚のせい)が終わってビニール袋を持った兄貴が動こうとした時、自動ドアが開いたので反射的にいらっしゃいませと声を出していた。
一瞬やべっと思ったけれど、兄貴は全くこっちを見る気配はないのでほっと安心する。というか「なんだテツお前も来たのか」という声が聞こえて意識はそっちに吸い寄せられた。
聞いたことのない声は同僚のものなはずがない。ということは男の俺でさえ色気のある声だなと思ったほどの低音は兄貴だということになる。
あの身長であの顔であの声とか天はどんだけの贔屓をしたんだろう・・・と尊敬している俺でもちょっと遠くを見たくなった。

テツ、と呼ばれた人物がどんなかはしゃがんでいて分からない。ただ名前で判断するところ男、次いで聞こえてきた声は透明感のある綺麗な響きを持っていて好奇心がむくむくと沸いてくる。
「はい。そういえば牛乳もないなって」
「あー・・・悪ぃ。ケータイ持って出んの忘れたわ」
「いいですよ。下降りるだけなのに普通持たないです」
ジーっという機械音以外の音源がない店内は静かで二人の会話をよく通した。
そして聞こえた牛乳の単語に危機を感じる。牛乳がある場所は俺のすぐ後ろ。
綺麗に並べてあった商品を音をたてないように注意しながら一気に抜き出して床のケースの中へ。そこから一個を取りゆっくりと棚へ並べる作業を開始した。
会話しながら歩いてきた二人を横目でちらっと視界に入れる。見慣れた長身のとなりにいるのはそれほど背の高くない(むしろ並んでいると小さく見える)水色の髪の、声から感じた印象と同じ透明感を持った、少年。敬語を使っていたのもあって年下=少年なのかと思ったが、気安い会話を聞いているともしかしたら同年代なのかもしれないとも考える。
姿を見たのは少しの時間だったけれど、澄んだ雰囲気がある子だなと感じ二人のアンバランス加減にどんな繋がりなんだろうとまたしても好奇心が湧き上がる。
「これでいいよな」
「はい。あとついでに新発売の食べたいです」
「紫原がメールしてきたやつ?」
「それです」
俺の後ろを通過した二人はそのまま棚を挟んだ反対側へ。その時にまた少し盗み見ると今度は肌の色の違いが目に付いた。浅黒い兄貴と並んでいることを差し引いても滅多にみないぐらいに色白な少年(仮)の白い首筋が蛍光灯の光の下だとさらに発光しているように見えて、見え・・・て・・・・・・。
もしやあのスウェットに隠れるぎりぎりの位置の赤い何かはキスマーク、だろうか・・・・?
よく見えたわけじゃないから確かとは言えなくても首筋のあんな所が赤くなっていたら誰だってそう思うに違いない。
モテる男の友達はやはりモテるのか。草食系な見た目なのに首の後ろにキスマークつけるような積極的な――むしろ肉食系なお姉さまとかかもしれない、なお相手がいるとは。
さすが兄貴の友達だ。
スナック菓子は一つ向こうの棚に並んでいるのでこっちには背中を向けることになる。聞こえていた声が少し遠くなった。
「ありそう?っつーかどんなんだっけか」
「えーと、名前はちょっと。緑のパッケージにじゃがいもの・・・」
「んー。あぁこれじゃね?」
「あ、そうです。それですね」
「一袋でいいか?」
「はい。美味しかったらまた買いにきましょう」

しかし仲良いなと思った。
適当に気があったから連れ合っているとかそんなのではなく、なんて言うのだろう。会話が雑じゃないというか、適当さがない。
兄貴は何もしなくても威圧感があるタイプ(外見が特に)だったから、実際はこんな感じなのかと認識が改まった。
と、そんなふうに二人の様子に意識を向けていたら三度ドアが開く音がして店内が少し騒がしくなった。ガヤガヤと入ってきたのは複数、そして見なくても雰囲気で分かる。学生の宅飲みの買出しだろう。
いらっしゃいませと言いながらレジに目を向けると無人。来客でも出てこない所を見ると裏方で手が離せない作業でもしれないと思い、立ち上がった。
いつまでも隠れているわけにもいかないので空になったケースを持ち、歩き出そうとした瞬間、ガタっと棚が揺れた。
「・・・っと」
「すみません大丈夫です。少し躓いただけです」
何事かと横を見たら棚に手をついた少年と、支えようと手を伸ばした兄貴がいて転びそうになったのかと納得。商品が落ちることはなかったようで声をかけなくても大丈夫だと判断し、会話を聞きながら歩き出した。ら、次に聞こえた会話に俺のほうが躓いて転びそうになった。

「まだつれーだろ?よく来れたな」
「・・・っ。だめです身体、触らないでください」
「・・・・・・あぁ、これ感度めちゃめちゃだな」
「〜〜っ――・・・!黙れ、触るな、ちょっ・・・ほんとに・・・」

小さな声だったけどばっちり聞こえた。
潜めるようにしたからだろうか。風邪で喉が荒れているのとは違う、何時間もカラオケした後のようにかすれた声――魅力的なハスキーボイスが色っぽく震えたのも。一気にトーンが変わったなんかキワドイ会話も。

!!!??!?!!!!!
感嘆符と疑問符がすごい勢いで頭の中を吹き荒れる。以降次の句点まで俺の頭の中の様子だ。

え?え!?え・・・・あ・・・まじで?ってか何がまじでなんだろうって、あれしかないっていうか、あ、うそまじで?これってあれだよな、ふたりがあれってことだよな、ちょ、え・・・・・・うそおぉぉぉぉーーーーー!!!!???!?!?!?!っつーかその声エロっ・・・いやいやいや落ち着け俺。

思ってもみなかった事態に頭は大混乱。しかし脚だけはさかさかと動かす。とりあえずレジに避難するのが最重要事項だ。
カウンターに入ると学生の一人が紙をぺらぺらさせながら近づいてきたので対応する。ポーカーフェイスで携帯代の支払い処理をしながらも動揺は治まりそうにない。

いやでも、確かに。ふたりともスウェットってことはどっちかの家に泊まりなんだろうなーとか予想してたし、なんか兄貴いつにもに比べて気だるさ何割増しだなとか思ってたし、男同士の距離にしては近いな手とか触れそうじゃんとか気付いてたけれど、が、しかし。
まさか。あれ、とか。
・・・・・・・・・。
・・・・・・。
・・・。

二人が会計に並び、さすがに応対できる自信がなかったのでボタンを押してヘルプした。呼ばれてでてきた同僚が二度目の兄貴に一瞬足を止めていたけれどそんなことは知らない。こっちの方が重症だ。
おつりと控えとレシートを渡しながら、簡単にレジを終えた兄貴たちもおつりを受け取っているのを横目で見た。

ドアの外へ向かう背中に「ありがとうございました」と挨拶する。
少し不自然な、どこかを庇っているような歩き方をするすぐ側を。手が触れ合いそうな位置を、兄貴はキープしていた。思えばずっとそうしていた。


あの二人の関係がそうだったなら、分かることがある。
いろいろ、繋がるんじゃないだろうか。
傘を持ってたあの腕の白さとか首の後ろのキスマークとかゴム3箱の謎とか。


買われていくあのゴムたちは、たぶん2人分っていうことなんだろう。



























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エレベーターのドアが閉まった瞬間、頭上からキスが降ってきた。
最初は唇を食むように。次に口端へ優しく。閉じられずにいた目と目が合って、見つめた瞳の奥に燻っている色を受け入れるように静かに目蓋を閉じたら、何もかもを奪うような激しいキスに呼吸すらも奪われた。
「・・・っ、ぁ・・・」
意識して声をあげないように努力をしてもわずかな息継ぎの間、狙いすましたような肌へのじれったい刺激にどうしても抑えきれない。
顔を上向かせるための強引な彼の手は、首を支えるためのものから変化して首筋を撫で下ろす。
先程までの情事をまだ鮮明に覚えている身体はたったそれだけの刺激にさえぞくぞくするように震えてしまう。
そんな僕を揶揄するようにくくっと笑う。
「敏感だな、テツは」
絡み合っていた舌をといた彼は少し身体を離して、どちらともつかない唾液で濡れた口唇をぺろりと舐める。
情動を可視化させたようなエロティックな仕草は彼がすると獣じみていて惹かれた自分の中の被虐性がうずくのが分かる。
「君がそうしたんです」
低く囁きながら離れてしまった距離がせつなくて手を伸ばして首に絡める。力を入れて抱き寄せる前に、僕が彼のものになっていた。
囲われた腕の中で背伸びをして首筋に口付ける。
生涯君しか見れないようズタズタに傷つけてほしい被虐の心と、君の全てが僕で埋まればいいのにという加虐の心。
口唇を合わせ舌を絡め抱き合いセックスをするようになってからその二つの心は常に同じだけの強さで身のうちを荒らす。
それが溢れそうになったとき、いつも彼の首に口付け痕を残して刹那の間だけの安寧に酔いしれる。常に主導権を握っていたい性質の彼もそのときだけは今のようにされるがままになってくれるのが痕をつけるのを助長させた。


浮遊感とともにエレベーターが止まる。
色づいた首筋に満足して腕を解いたら顔を見上げる前に腰を抱かれて、開いたドアの外へ連れ去られた。
ひっそりと静まり返った空間に二人分の速さが違う足音を響かせて、ついでに開錠し乱暴に扉を開ける音も響かせて入った玄関の先。
床に押し倒されながら、絶対向かう先はベットだろうと思っていた僕はそんなに煽らせただろうかとちょっと驚いた。
欲情のスイッチが分からないとよく言われるけれど彼の沸点もどこにあるのか未だによく分からない。
唾液の絡まるぴちゃぴちゃという音は否が応でも興奮させられて思わず抵抗がおなざりになる。
「・・・・・・はっ、ぁ」
「テツ・・っ・・・」
「ん・・・。っ、・・・ベット、に・・は?」
「あとでだ」
唇が下がり喉に噛み付かれて息が跳ね上がった。宥めるように舐める舌の感触が身体中へ熱を運び、裾から入り込んだ手に胸を撫でられて一気に欲情が増した。
出掛ける前のセックスでさんざんに熟れている身体はいつもよりずっと我慢がきかず、すぐにでもはしたない声をあげてしまいそうになってつらい。
床の上では口を塞ぐための枕も快感を逃すために握り締めるシーツもなくて、胸を弾かれた鋭い刺激に声を抑え切れなかった。
「あぁっ・・!・・・ふ、あ・・・だめ、です」
「何がだめって?」
「そ、れ・・・ぁ!ん・・・やめ、」
それって、これか?楽しそうにして直接耳に吹き込まれた言葉と一緒に両胸を痛みにも似た刺激が襲う。咄嗟に手の甲をあてて抑えた嬌声はくぐもってはいたけれど感じた快感の強さを如実に伝えて、相手をさらに楽しませるだけだった。
身をよじって逃げようとすると肩を掴まれ床に押し付けられた。
「お願いですベットに――!」
全てを言うまえに快感が走った。手をつかえない代わりにたくしあげられた服の下、弄られて赤くそまっているそこを強く吸われて今度こそ女のような高い声が玄関に響く。
「ア、あ・・・ぁ、や・・・ぁ、あ――・・・・・・っ」
浮き上がった背のせいで胸を押し付ける形になってしまうのが強請っているようで恥ずかしく、でも与えられる気持ちよさに抗えない。
大人しくなった僕の肩から手を離し、その指が右胸を摘みもう片方は舐めたり噛んだりと絶え間ない刺激が続いたせいで、陥落はすぐだった。気付いたら、強請る言葉は直接口が伝えていた。
「イ、い・・・っ、っ・・ふ――・・・ァあ、青峰、く・・ん」
もっと、という言葉はかすれてほとんど呼気に紛れたけれど、ちゃんと届いていたらしい。
押し付けられた彼の熱を下肢で感じて、すり合わせるように思わず腰を揺らす。
「く・・っ!・・・こら、テツ。イタズラすんな」
「イヤ、で・・・す。ぁ・・・ん、君に欲情されると、は・・・ったまらなく、クるんです」
「奇遇、だな、俺もだぜ?」
胸元に唇を寄せていたのを一端起こしながら脚を掴まれた。ぐいっと引かれればずれていた下腹同士が重なる。
耳の横に突いた肘とは反対側、耳殻を舐められたせいでぴくんと動いた腰をそのまま揺すられて意味の無い母音だけが飛び出す口を固く閉じた。
でもそれもすぐに保てなくなり、結局声を殺すことは無理になった。
荒い、情欲に染まりきった息遣いが耳をくすぐる。そんな状態で、直截的にも刺激を与えられて我慢できる人間がいたら教えてほしい。
僕に欲情する君に、僕が。そしてまた君が、なんて。
「あ、く・・循環、・・・っですね」
「んあ?ちげーだろ・・・身体の相性も最高って、言えよ」
息が苦しかったけれど呼吸の合間にふふ、と笑えば、ニヤリと笑った彼と目が合ってどちらともなくキスをした。

熱をぶつけるかのように荒々しく口内を弄られ、唾液を絡ませ、誘われるがまま舌を伸ばせば甘く噛まれてどろどろに溶かされる。
その間も擦り合わさった下腹を不定期に動かされるせいでスウェットの中は大惨事となっているのが見なくても分かっていたから、彼の手が意図をもって身体を這っていったとき羞恥を感じた。感じたけれど女々しいことはするもんかという意地をこめて平静を装う。こんな状態で平静なんて無理にきまっているのに。
紐をくぐり下着の中へ。熱い彼の手のひらをそうとは感じないぐらい熱を持ったそこを撫でられるとくちゅりと水音がたって、どれほど自分が感じているかを知らしめられた。
「すっげぇ濡れてる・・・」
「・・・っ、ん・・・きみだって、同じなっ、くせに」
「まーな」
・・・・・・僕で感じることを隠さない、君の心の在り方が好きだ。せつないぐらい、好きだ。

スウェットはいつの間にか背後に放られていたから、脚は全て外気に触れていて、それにすらもどかしくなった。はやく彼の体温に添いたいと全身が訴えて、訴えて。だから、僕の性器に絡む手を取り上げてさらにその奥、はやく、と急く心のまま、誘った。
促されるまま彼はそこに軽く触れ、縁をぐるりとなぞる。微々たる刺激にさえ戦慄く僕をじっと見つめる眼差しの貪婪さがさらなる攻めを期待させるのに、彼はなかなか先に進んではくれなかった。
戯れるように浅く指先を含ませゆるゆると動かし、あ、あ、と短く息を切らす僕を見ている。焦れったさに名前を呼ぶ。何度も、何度も。
そうしてやっと納得して、彼は僕に聞いた。
「まだイケるか?」
本日三度目ともなれば腰にダルさはあったけれどここまで煽られて止まれるはずがなくて、頷くしか選択肢はありえない。
毎回律儀に確認してくる彼に、むしろ君は止められるんですかと聞いてみたい(肯定しようものなら――どことは言わないが――蹴り上げてやる)
頷くのとほとんど同時、太腿を深く割られ先走りで濡れた手が狭間を暴く。
彼の膝に乗り上げる形になった腰が上を向きあられもない体勢になった。
くちゅりと濡れた音が耳から身体から脳に伝わるだけでも悩ましいのに、えっろい眺めと淫猥な言葉をエロいにも程がある声で呟かれて、見られている羞恥にそこが収縮したのが分かって思わず顔を隠した。
「クチ、開いたままだぜテツ」
「っ、悪趣味、すぎ、ます・・・!」
そこがまだ閉じきっていないのなんて言われなくても分かっている。
ベットから降りた時、彼を追いかけてエレベーターに乗った時、コンビニで躓いた時、その後案じるように触れられた時。埋められていたものの熱を思い出し、空虚に身体が震えたのだから。
慎重に、指が深く、内を擦る。一度抜けて、すぐに太さが二倍になった。
引っ掻かれ、広げられ、中で指を曲げられる。余裕なんてもうなくて外に聞こえるという意識も飛んだ状態で喘いだ。
使われているのは先走りだけなのに、大げさなぐらいぐちゅぐちゅと鳴るのは体内に残っていたローションのせいかもしれない。摩擦なんて少しも感じなくてただただ気持ちいいだけだった。
「ん・・・ぁ、あ・・・っ」
「もっと喘げよ」
何を言われたのか考え終わる前に弱いところを押し上げられた。
「あぁぁ・・・っ!」
「・・・お前のそーいう声、すげぇ好き」
度重なる酷使で声はもうほとんど掠れたものしか出ない。その声を好きだという。
狙って意識しなくても奥をかき回される度出るのはそんな声ばかりで途切れ途切れにもう一度、悪趣味だと罵倒した、それは、ただの照れ隠しだ。
「テツ、才能あるぜ」
「はっ、なん、の・・・ですか?」
「俺を煽る、才能」
え?と聞き返す前に一気に指が抜かれて、びくりと震えた身体を抱き上げられた。
ベット行くぞという声を腕の中で聞きながら、あぁやっぱり今回もまた彼の熱を直接感じることはないのだと知った。












  ***   ***   ***










背後からの突き上げが一度止まり、訝しがる前にずるりと中を埋めていたものが抜かれる。
わざとらしく擦っていった前立腺への刺激に自分の性器からまた先走りがこぼれるのを感じた。
激しい律動のせいで極限まで感じきった身体ががくがくと震え、抑えようと息を吐き出したところで視界が反転。何かを思う前に正常位で圧し掛かられる。
「あっ・・・ぁ、・・・ぅ、あっ」
「・・・っ・・・くっ、・・・」
受け入れ難いぐらいに大きく固くなった彼のものでもう一度開かれる感触が、きつくて苦しくて、死にそうによかった。
荒い息、腹に落ちてくる汗、寄せられた眉根。彼を僕がそうさせたのかと思うとたまらなく欲情して連鎖のように内壁が締まる。同じぐらいの強さで中から押し広げられる感覚があって喉をそらして、喘いだ。
「ああ、・・・あっァ、い、い」
いい、もっと、と勝手に喋る口を止めることすら忘れ与えられる快感に酔った。
ガツガツと音がしそうな程強く、奥まで埋める充足感は僕の身体をおかしくさせただ彼を求める獣に成り下がらせる。
テツ、テツ――と。何度も呼ぶそのかすれた声だけが僕を僕のまま現実に引き留まらせ、揺れる視界の中で彼を見上げた。
なのに気まぐれにいい所を突かれるとすぐにまた思考回路がだめになり――いつもその繰り返しだ。
「あ、お・・・峰、くん――・・・」
名前を呼ぶ。テツ、そう繰り返す彼に心を寄せるように。
そうすると、感じる。
皮膜越しであることが嘘なぐらいに、熱い、彼を。
たまらなくなって縋るように手を伸ばすと、答えるように上体を倒してくれる。
僕の膝を抱えていた腕が離れ、横に肘をつき、もう片方の腕は背中に回って抱きしめられた。胸と胸が重なって彼の顔が、快感を耐える表情が、愛おしいと無言で告げる目がすぐそばにあって。幸せで、気持ちよくて、眦を涙が伝う。
溢れて零れ落ちる僕の幸福を、喜びを、唇で拭われて彼の一部になる。
もう、いいって思う。彼に抱かれる度僕の幸福はもうこれだけでいいって、いつも。抱かれてる刹那の時間、いつもそう思う。


「―――・・・っ、あぁっ、は・・・っ、や・・・ぁ」
あがっていく律動に彼の限界が近いことを知る。ぎゅうと抱きしめる腕に力がこもって、体重が肩にかかる。彼の膝が腰の下に深く入り込んで、上から押し込まれる形へ変わったせいでより深くまで銜え込まされた。
「くっ・・・は・・・っ」
「ひ・・・っ、奥・・・、・・・あつ、い・・・・・・」
ぴったりと埋められた熱がそのままの位置で小刻みに内壁を穿つ。奥の奥まで侵されてたまらない快感に左手が広い背中に爪痕をつけた。
さらに容赦なく抉る動きに内腿の筋肉が痙攣して、彼の熱を締め上げる。バスケをしている時以上に乱れたその息が一瞬詰まった。
抜けるぎりぎりまで引きズンッと深く突きこまれて、快感のその先、苦痛にも似た凄絶な感覚が身体を襲ってぴしりぴしりという震えが走った。達するときと似た感覚。なのに、イキたいのにイケない。
そのままの状態で感じる所を狙うように穿たれてあまりのこと息を吸うことも忘れ、口はただ意味のない羅列を発するだけになる。

「あ、あ、あああぁぁ、や・・・ぁっ!」
激しい律動のなかで、やっと彼の手が性器に絡んで薄いゴム越しに望んだ快感が与えられた。
抽挿と同じリズムで擦られたら、決壊はすぐだった。
「――・・・っ!ひ・・・や、・・・ぅ、あっ、あぁっ・・・!」
「・・・・・・・・・っ!」
一気に上り詰めた僕の下肢はそのすべてを使って彼の熱を締め付け、内部の奥深くで彼が達したのを、詰まった息と震えるその身体が僕に教えた。



















青峰くんは決してゴムを忘れることがない。こうなった最初の日、あの台風の日からずっと。
どんなに強く求め合う日でも、唐突に盛り上がってその勢いで身体を重ねる時も、いつだって体内で感じるのは薄い人工物を通しての彼の熱だった。
次の日に障るような行為は決してしない彼。
バスケで繋がっているからこその、溶け合えない距離。
僕にもゴムをつけてくださいと言ったのは抱き合うようになってすぐのことだ。
訝しがった彼は、僕だけシーツを汚すのは嫌なんですと言えばそれでも納得してくれた。
本当の理由を言う日はきっとたぶん来ない。



君と離れるときが来て、その夜が明けて、次の太陽が昇って、君が他の誰かを愛したとき。僕の体内の熱さをきっと君は覚えていないだろう。
そして僕が他の誰かをこの腕に抱くとき、君の手の熱も感触もきっと僕は覚えていない。
それでいいと思った。
関係の根本に絶対に揺るがないものがある僕たちはそれがある限り一つにはなれない。馬鹿みたいに相手を愛したりもできない。いつか別の道を歩く日が訪れる。その刻はきっとそれほど遠くはない。



「テツ・・・?眠れねぇのか」
じっと見つめていたら目を開いた青峰くんがそう言って一度優しく髪を撫でた。
苦しいほどに愛しさで溢れた心を抱えながら。
「明日の予定を思い出していました」
答えると、伸びてきた両手で深く抱き込まれた。
「寝ろ」
嗅ぎなれた体臭に包まれ、感じる安らかさ。細く息を吐き出しながら力を抜いた。
全てを委ねた身体で彼の鼓動に耳をすませる。
バイト午後からだろ?その前にバスケしようぜ。
声に紛れるどくん、どくんという鼓動を聞きながら、はいと頷く。
涙よこぼれるなと願った。


君と。バスケと。君のバスケと。君とするバスケと。全部を愛している。僕の全部で愛している。ずっと愛してた。ずっと愛してる。

ずっとずっと愛している。