帝光中のキセキの世代――ひとりいるだけでゲームの流れをひっくり返す程の強さを持った天才たちは、常勝の名を背負ったままそれぞれ違う高校へと進学した。
同じチームだったからこそ誰一人として敗北を知ることのなかった5人の道は別たれ、その行く道は高校バスケット界、そして多くのバスケファンの注目の的だった。
彼らが高校一年の夏、インターハイ。そこではじめてキセキの世代が勝敗を分けることになる。
10年に1人とされる5つの才能。誰が負け誰が勝ち、誰が頂点に立つのか。
その夏を皮切りにそれからの三年間はバスケに関わるものたちにとって決して忘れられないものとなることを、多くの人間が予感していた。
インターハイ一回戦、第2クオーター。
圧倒的実力差で試合を我が物にしている桐皇学園を、しかし応援に来ていた観客たちはどこか集中しきれない心地で応援していた。
全員が得点源であり新しい戦力である外角からのシューターが入ったことによりそのオフェンスはまさに怒涛、見ていて清々しいほどの攻撃力。
相手のこころ内を読んでいるかのように何度も、4番の手によってパスカットされるボールは常に桐皇が持っているといっても過言ではなかった。
そんな、応援している側にとって魅力的な試合にも関わらず、ある者はちらりちらりと視線を周囲へさ迷わせ、またある者は携帯をいじり何か文字を打っていた。
「何で?」「どうしていないの?」ティップオフ直前もそうやってざわめいた観客たちは今だに落ち着かず、試合内容とは別のところで不満を表している。
会場は、ただある一人の姿を探して揺れていた。
そのまま10分が過ぎ、そして休憩を挟んでの第3クオーター開始直後。
コートに続く扉が開いた。
次いで見えた人影に真正面にいた観客があげた声は周囲に広がり、ただ歩いているだけでまるでスポットライトで照らされているかのように視線を集める人物に気付いた多くの人からどよめきがあがった。
それにつられるようにコート上の選手たちもちらりと視線を向けるとそこには待ち望んだ存在――対戦校にとっては悪夢でしかない、青峰とその腕に肩を抱かれた黒子がいた。
つまらなそうに一つ欠伸をした青峰はその有名さ故に、そんな青峰と一緒に、しかも親しげに肩を抱かれている黒子は無名さ故に全ての人々の視線をさらった。
どよめきが収まらない観客席を二人は気にする様子もなくベンチへ向かう。
何事もないかのようにチームメイトへ受け答えし、監督に言われるがままジャージを脱いでユニフォーム姿へと着替えると、バサリと放られたTシャツをその場に残し、登場から数十秒後。二人はコートの上に立った。
そこからは最後まで青峰の独断場だった。
大して息も切らさずに終了のブザーを聞いた青峰は、試合中常に影のように寄り添っていた姿に向かって拳を伸ばすとそれはコツっと重なった。
合わされた二人の拳は何の意味があるのだろうと周囲が思うぐらい試合後の熱も勝利の喜びも分け合うものではなかったが、それぞれを孤独にするコート上でお互いの存在を感じ合わせる重要なものだと彼ら二人を守ると決めたマネージャーだけは知っていた。
青峰大輝というプレイヤーの圧倒的強さは、既に済んでいる他の一回戦で見られたどのキセキよりも飛びぬけているように感じられ、観客たちはそのプレーに魅了された。
そしてもう一人。現れたときも試合中も勝利したあとでさえ無表情。色素の薄い見た目や選手にして華奢なせいでガラス細工のように繊細で硬質な印象を与える黒子という存在は、たった20分程で人々の記憶に刻み込まれた。
青峰の影――青峰を最大限に生かすプレイヤーとして。
それぐらい黒子の出すパスは絶妙だった。パスが通る瞬間、青峰は脚を止めたことがない。受け取る体勢に入ったこともない。吸い寄せられるようにお互いを繋いだボールの軌跡はありえない速さ、ありえない角度で。
誰がパスを繋いでいるんだという観客のざわめきは次第に大きくなり、終了間際には他者を圧倒する二人に――得点を爆発させた青峰と、ずば抜けたパスセンスを見せた黒子に、会場は静まり返ったほどだった。
そして桐皇の勢いはその後の試合も留まることを知らず、この夏の最強の冠を手にすることとなる。
キセキの世代という、多くの光の中では影は紛れる。影など見なくとも誰をも魅了する光が5つ同時に輝いていた。
ひとつの光が大きく輝く時影はその存在を現し、より深く鮮明に、対する光を輝かせることを桐皇戦を戦ったキセキたちは嫌というほど実感させられる。
後に最強夫婦と謳われる二人の、これがはじまりとなった。
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あの頃の記憶の中の僕たちはいつも一緒にいる。
入学から凡そ一ヶ月の間に、青峰と黒子の二人組は学園で知らぬものはいないほど目立っていた。
それは整った容姿でという意味やバスケ部における素行の悪さも要因の一つではあるが、何よりも常に一緒にいるという一点において明らかに周囲とは異質だったことが大きな理由だろう。
高校生の、それに男同士が何をするにも一緒どこに行くにも一緒、登校から下校までお互いのそばを離れない、それをまわりが不思議に思うのは当たり前のことで。
からかわれたり純粋な疑問として尋ねられることは一ヶ月の間によくあった。
勇気を出して聞かれたその疑問を青峰はハッと鼻で笑うだけ、黒子はただ無言で相手の顔をじっと見つめるだけで、何の答えも返すことはなく。
しまいにはまわりの方が諦めて、あの二人はああいうものだと認識するようになった。
結果的に周囲から孤立する形となったけれど青峰は全く気にすることなく他人に興味がないということを隠そうともしない。そしてまた黒子も青峰がいいならそれでいいというスタンスを取っていた為二人のそばにはお互いしかいなかった。
同じく桐皇に進学した桃井だけが唯一普通に話しかける他はただ遠巻きに二人を見ていた。
青峰は桐皇の暴君だった。
自分の感情を曲げるのを嫌い、その強い我をいつでも押し通す。
それは例え先輩相手だろうと変わらず、剣呑な雰囲気や鋭い眼力だけでなく暴力だけは振るわなかったがそれに近い力を使い、好きなようにしている。
今の状況だってそうだ。
昼休みの屋上といえば人気の高い場所であるにもかかわらず黒子たち以外は誰もいない。
陣取っていた先輩たちをその迫力で追い出して以来恐れた生徒たちの間で不文律が生じ、屋上は二人だけの場所に変わった。
黒子はそこで毎日本を読んでいる。もうちょい食えと目の前に寄せられたパンを時に齧り時に首を振って拒否し無理やり口に押し込められながら、昼食すませたあと。
壁に凭れるようにして座った膝にたいてい青峰が頭を乗せて寝転がる。
例え日陰にいても日差しが眩しいのには変わりないので、本を持つのと逆の手をゆっくりと優しく瞑った目蓋の上に置く。ページを捲る音のほかになにもない無音の空間でふたり、お互いの存在を感じている。そんな、日常。
バスケの話はほとんどしない。
だから二人の間に会話という会話はないことが多かった。
そのまま予鈴まで寝ていることの多い青峰がたまにふと目を覚ますことがある。
目蓋の震えを右手で感じ取った黒子が急激な明るさに驚かせないように気をつけながらそっと手をどければ、そこにあるのは寝起きとは思えないはっきりとした眼差しで。
本を閉じて横に置いて意識の全てを向ければただじっと見つめられる。
長い腕が伸びて、耳元でさらりと髪が揺れる音。大きな手がゆっくりと耳を撫でてから一点で止まるとそこを優しい手つきで弄られる。
まだ固定しきっていない傷が疼くのを黒子の無表情からでも読み取れるのだろう。一度とまった指はでもまた悪戯をはじめて、黒子は止めるように自分の手のひらを重ねた。
ピアスに指を添わされると彼の一部が石に移り渡り、常にそばにいてくれるような気になって。
絡み合った眼差しの真剣さが、覗き込んだ瞳の奥の彼の心が、本当にピアスに何らかの思い入れを注いでいるよう見えて黒子はいつもほとんど動かさない表情をやわらかく綻ばせた。
両耳を飾るピアスは、桐皇へ進むことを青峰に了承したとき彼の手によってつけられた。一生塞がらない傷も黒子の愛した手によってつけられた。
夜の闇にも似た深い青は誰が見ても分かるようにただ一つを主張している。
『これは俺のものだ』と両耳を占領する小さなラピスラズリの石を黒子は大切なものだと思っていた。
そばにいられない時、触れ合っていられない時でも必ず青峰を感じられるということは、重要な精神安定剤となって不安を癒す。
とある日。
あと数分で昼休みの終わりを告げる予鈴がなろうと言うとき、かすかな振動音がして黒子のポケットの中で携帯が震えた。
一気に機嫌が悪くなる青峰に気付きながらも取り出した携帯を操作し画面を開くと、メールが一件。送信主は遠く京都にいる赤司からだった。
なんだろうと思いながら文章を読む前に、ひょいと動いた手によって携帯は抜き取られていく。
悪びれなく奪ったそれをぽちぽちと操作して内容を確認した青峰はふーんと呟いて、あとは興味を失ったのがありありと分かる動作で黒子の手の中へもとのように納める。
同じようなことはよくあった。
黒子の携帯が着信するのはキセキからのアクションがあった時だけで、それをよく知っている青峰は携帯が鳴る度に不快そうな顔をするようになった。
どうやら皆と連絡を取り合うのを良く思ってないらしいと黒子が知ったのは、入学後すぐのことだ。
特に桐皇への進学に最後まで難色を示した赤司と、黒子のパスを卒業のその瞬間まで諦めなかった黄瀬に対しての反応は顕著で、自分の知らない所で交流を続けるのを青峰は殊の外嫌う。
だからだろう、毎回携帯を奪われ、彼の基準でスルーされたメールは黒子のもとへ戻り、気に障ったメールは代わりに返信を送られたりする。一度か二度、見るまえに削除されたメールもあった。
どんな内容だったかは、知らない。聞いても、いない。黒子は返ってきた携帯をポケットにしまい、ただ青峰の左腕の中で安穏を享受しただけだ。心を波立たせる何かを拒絶しているのは片方だけではなかった。
携帯の画面いっぱいに移っているのは紫が美しい星型に似た花の写真。件名は『桔梗』とだけあった。あぁだから見たことのある花だと思ったのかと黒子は納得し、有名なその花をしばし見つめた。
ちょうどぴったり画面に収まっている二輪の花はまるで寄り添うかのようにフォーカスされていて、花自体の美しさもあって綺麗だなと心が和む。
感じた心のまま「綺麗ですね」と返信しようとボタンを押す前、なんとなく下へスクロールをしてみた。そうしたらゆっくりと写真は上方へ動き、黒子の携帯にあわせたのかというほどぴったりのサイズだなとばかり思っていたから余計な部分があったことに無言で驚く。加工によって作られた黒いスペースには白色で文字が入っていた。『変わらぬ心』という、おそらくは桔梗の花言葉。
――洛山に来い。そのままだと駄目になるだけだ。
脳裏に蘇える声がある。
返信は「綺麗ですね」だけを打った。
文字には気付かないふりをして。
*** *** *** ***
ぜぇぜぇと息を荒げながら階段を上りきり、力尽きて倒れる身体を隣にいた青峰が支えた。
倒れた拍子に被っていたフードが脱げて露になった髪。しっとりと濡れた襟足から汗がしたたり落ちてコンクリートの色を変えるのをぼんやりと眺めていた黒子を、息を切らせてはいて足元も覚束ない程の疲れにはなっていない青峰が腕の中の痩躯を軽々抱き上げると、そのまま肩へ担ぐ。
ぐったりとした身体をのせたまま公園のベンチへ移動して寝かせると、まだ大きく息を乱している黒子をその場に残して園内にある自動販売機でペットボトルを買い、冷えたそれは首筋に当てられる。
火照った身体に気持ちがよくて寄っていた眉根が自然とやわらぐ。
自分の分を飲みながら横目で黒子を観察していたのだろう、寝転んでいるせいで飲もうとしては失敗、起き上がろうとしては断念している姿に青峰がくくっと笑い、ひょいと身体を持ち上げてベンチへ座る形に。
まだひとりでは上体を支える力がない肩を抱き寄せられて頭が肩口へ凭れかかる。その体勢になってようやく黒子はスポーツドリンクを飲んだ。
平日の夕暮れ。
バスケ部に所属している二人は本当ならば部活をしてる時間だ。でも一週間の半分以上の日数を練習には参加せずに過ごす。
監督も部の先輩たちもそれを良しと思っていないことは百も承知だったが、俺様な青峰はやはり気にしないし、黒子は黒子で罪悪感を持ちながらも練習したくないものはしたくないと我を通すことに決めている。
実力主義の桐皇は強ければいい。例え練習に出ないとしても試合で力を発揮しレギュラーをとるだけの実力があると証明しさえすればよかった。
一見するとバスケを舐めているというようにしか取れない態度を、それでも監督である原澤が許すのは青峰が桐皇に入る為に出した条件と決して二人がバスケを侮っているわけではないと分かっているからだ。
部活に出ない日、黒子と青峰はロードワークをする。雨の日も日差しが強い日も風が吹き荒れる日も、必ず。
言い出したのは黒子だった。
取れない相手にパスを出したくないだから部活には出たくない。でも、君の隣に立てるだけの体力づくりをちゃんとしたい。
言った黒子に青峰は頷き、それから二人の日課がはじまった。
朝起きて待ち合わせをして走りこみを行う。放課後は週に一、二度部活に顔を出す以外は桃井がつくったトレーニングメニューを夜までこなす。
その後は特に会話もなくだらだらしたり、たまにマジバに行ってシェイクを飲んだり、たまに無人になった体育館に忍び込んで二人だけのバスケをしたりする。
青峰は部活でするバスケも試合も好んではしたがらなかったけれど、黒子の誘いは断ったりしなかった。
トレーニングの内容がプレイスタイルの違う二人によって異なるのは当たり前のことで、桃井がつくるメニューも当然それぞれに見合ったものになる。
それでも二人は常に一緒にいた。
青峰が黒子に、合わせていた。
だからこうして介抱されるのは――もとの体力差があるにしても、必ず黒子の方だ。
全力を出さないロードワークにどれほどの意味があるのか黒子には分からない。でも青峰の選択するスタンスをただ感受すると、そうすることを決めていた。
あの日。帝光中のあの屋上で、俺がいると言われた時から。
バスケを嫌いになりたくないと叫び、空虚感と孤独に苛まれた心を抱きしめられた時から、全てを受け入れると決めた。黒子の全てもまた、青峰に授けた。
高校一年の初夏。
僕たちの世界は常に、二人だけで完結していた。
でも圧倒的に意思疎通ができていなかった。
伝えない気持ちが積み重なってお互いを隔ててるのに、まだ二人とも気付けなかった。
空になったペットボトルを捨てに行った青峰が戻ってくると、隣にどかりと腰を下ろす。
地平線を赤く染める太陽はまだしばらくはそこにいるのだろう。日の長さに夏の到来を感じながらぼんやりとそれを見ていた。
「もうすぐインターハイですね」
二人の間に、ぽつり、落とした言葉は、言い表し方こそ違えど同じ感情を胸に呼び込んだことを知っている。
ダリぃな。出んのメンドくせーと言った青峰の。
(嫌だな。出るのが、怖い)思った自分の。
そのどちらも感情のもとは試合に乗り気じゃないという、インターハイへというよりバスケそのものへの諦観だった。
「・・・・・・本戦までさぼったらさすがに監督も怒りますよ」
窘めを言うのは自分の心へ言い聞かせるものの延長――惰性的なものでしかない。
分かってるっつーの。その表情は赤く染まった光が彼を照らして、黒子には見えない。ただ軽く息を吐き肩をすくめた仕草が、ちゃんと試合に出る意思だけはあることを伝えてくる。
「でも、みんなと戦えるかもしれないと思うと。それだけは楽しみですよね」
みんな――キセキの世代との勝負なら君は楽しめるでしょう?そんな意味をこめた言葉に返ってきたのは、唐突に伸びてきた腕だった。
青峰の両手が背中と腕を捕らえ、ベンチから引き摺り下ろされた黒子は一緒に地面へ座ることになる。
わけが分からないながらもじっとしていると後ろから抱きしめられて、髪にはやわらかな頬の当たる感触がした。だから胸に頭を預けて、たくましい腕に囲われるがままに任せた。
どうかしたんですかという疑問はなんとなく口にしなかった。
抱きしめられるのはいちいち理由なんていらないぐらい日常のことだったのもあるし、何より。いつも込められるぎゅうという力が、拘束のような強さがまるで縋りつくような――。
(そんなわけない)
青峰が自分に縋りつくなんてあるはずがないと思うのに、何度もそう思ってしまうぐらい抱きしめる腕にはいつも言葉にされない何かの感情が溢れているように感じた。
でも『何か』がなんなのか。一年経とうとする今でも黒子には分からないままだ。
「俺に勝てるのは俺だけだ」
耳のすぐそばで声がした。小さな石に唇が触れているかと思うほどの近さで。
「えぇ青峰くん」
力が強くて振り返れなかった。だから外側から腕をまわして彼の頬に手を添わす。
「君以上の光なんてどこにもいません」
黒子の中の真実を言ったら強く強く壊れそうなぐらいに強く抱きしめられた。
(その腕を縋りつくように、と表現しそうになる僕はやっぱりどこか心の奥で願っているんだろうか)
「テツ。お前は俺の影だ」
「はい僕は君の影です」
「俺だけの影だ」
「・・・君だけが僕の光です」
(僕の唯一が君であるように、君にとっての唯一もまた僕であるように、と―――。)
影如きが何を謂う。
扉を強引にこじ開けさせたのと同じ声が脳内で木霊した。
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二度目のインターハイで誠凛に負けるまでお互いの心に触れようとしなかった僕たちは、お互いが“近くにいるのに遠いひと”だった。
「負けた・・・?」
「・・・そうか負けたのか・・・俺は」
「またやろーぜ。受けてやるからよ」
その時僕は会話するふたりを呆然と見てた。
負けた。負けてしまったと、思いながら。
それはイコール、僕たちの関係の終わりを告げるもので。
青峰くんが離れ、ベンチへ歩き出してもまだ僕はその場に突っ立っていた。
一歩、二歩。
近づくと気付いた火神が黒子を見る。
それを、見上げた。
「火神・・・大我・・・」
「・・・あ?」
「君の、名前。・・・一生忘れません」
憎しみすらこめて呟く。
じっと僕を見る、その目を見つめると涙が溢れてきそうになるのを耐えた。
でも目の前の彼は当たり前のように気付いたんだろう。ぽんっと頭に手を乗せて一度撫でられた。
慰めるようなそれを振り払う前に、はっとした彼がなんでそんなことをしたのか分からないという顔をして背を向けたから自分から拒絶の言葉は言えないままになった。
(青峰くんは出会ってしまった。自分と同等の、存在に。何よりも彼を燃え上がらせる、バスケの情熱に)
君を一番に輝かせるのは付きまとう影なんかじゃない。
ともに輝き強さを示し合う、同じ『光』なんだ。
見ないふりをしてきた現実を晒されて、拒絶されるのが怖くて逃げ出した。
でもミスディレクションを使えない僕は早々に見つけられ、それでも抵抗して逃れようとすれば無理やり捉えられ使われていない控え室の一室に引きずり込まれた。
試合後、火神と話しているときに僅かに見せた楽しげな表情は鳴りを潜め、強面にさらに怒りで染め上げ、ダンっと背後の壁に掌を叩きつける。
至近距離での暴力的なまでの剣呑な眼差しを、僕も同じだけの強さで見返すと舌打ちした彼がさらに距離をつめた。
肘を曲げ、もう片方の手は僕の首にかかったのにすっと息を飲む。
「俺から逃げるな」
「・・・あんな君を見てられるほど僕は強くありません」
「あぁ!?」
ぐっと手に力が入って首への圧迫感が増した。それでも睨み続ける。睨み付けなかったら立ってることすらできなくて。
「無様に負ける光はいらないって言いたいのかよ!!!!??」
「いらないのは君の方でしょう!!!」
僕の頬には涙が流れていた。
虚勢と崩れそうな心でひどい顔をしていたと思う。
でも思い出すと青峰くんも相当な顔をしていた。
『俺に勝てるのは俺だけだ』と言う彼に僕はいつも『君以上の光なんてどこにもいません』そう返していた。それは本気でそう思っていたからこそだったけれど、彼にはずっと一番強い光だからそばにいるんだと、そう聞こえていたんだと知った。バスケが大好きだった僕が、バスケを楽しめなくなった青峰くんの側にいる理由。いろんなものが積み重なり捻じ曲がって、この時彼の心には“一番強い光だから”という一点しかなかったという。
つらそうに顔を歪めて普段の気の強さなんてどこかに放った彼と、それからたくさんの話をした。
言えなかったこと、言わなかったこと。
バスケは今でも好きだけど傲慢だと分かっていても取れない他人に軽く失望していること。君が取りやすいって言ってくれる自分のパスが好きってこと。君以外がとれなくなった理由は考えないようにしてた、取れないほうが悪いとすら思ってた。そのくせ仲間や敵につまらないと思われるのが怖くて試合とか練習はしたくない。そんな醜い心のうちを。
そしたら君はこう返した。
バスケは好きだけど楽しくないから嫌いでそんな自分も嫌いで。他人に絶望してて、僕にまで絶望したくなくてずっとそれを恐れてたってこと。気付かれて見捨てられるのが怖かったってこと。僕がバスケを嫌いになりたくないって泣いた時、孤独じゃないのが嬉しいって思ってしまったことに罪悪感を持っていたって。
言葉は直接心を傷つけもした。自分の言葉に自分が、君の言葉が僕を。お互いに傷を付け合ったけれど、言葉が途切れることはなかった。
「君は笑ってた」
「最後のほうだけだけれど、バスケをしながら確かに笑ってました」
「君は君の運命に、出会ってしまった」
「僕なんてもう必要じゃないでしょう?僕じゃ君を、彼みたく輝かせられない」
「ロードワークだってそうです。僕に合わせてくれる。別に君が強くなるためにしてるわけじゃない。ただ僕に合わせてくれてるだけだ」
「僕じゃ君に何も与えられない・・・。僕と一緒にいても何も生まれない」
「・・・お前は、俺を心のどこかで恨んでるんじゃないかって、思ってた」
「最初に手を離したのは俺だ。バスケがつまんなくなって、イライラして、お前を傷つけて、あげくテツのパスを、・・・歪ませた」
「ゾーンに入ったのを見て、思っちまったんだ。テツは、全部俺と共有してくれんじゃないかって。同じトコに、来てくれんじゃないか、って」
「思って、お前のパスは俺だけに通るように仕向けて、ゾーンもガンガン使わせて・・・。テツは、それを恨んでるって思ってた」
「だから俺を見限ってあいつのとこ行くんじゃねーかって火神と喋ってるの見たらカッてなって・・・俺は」
脈絡もなく、思ってることを全部吐き出すようにしてたくさんたくさん話をした。
いつも抱きしめる腕しか持っていない彼を、僕ははじめて抱きしめた。
青峰くんがしてくれるようには身長が足りなかったから、背伸びをして彼の頭を抱く。
引き寄せて顔を首筋に埋めさせるようにすると揺れる息が素肌にかかって、それになぜか愛おしさを感じた。
触れ合う体温だけでいいって思っていた。それだけで繋がってるって。
でも全然違うんだってようやく気付いた。
「僕は、僕のバスケを、歪んでしまったバスケしかできなくなった僕を、君に拒絶されるのが怖かった」
「俺はバスケを嫌いになった俺を、バスケが心底好きだったお前に嫌われんのが、たまらなくいやだった」
そう言ってお互いの心に寄り添った日を、
僕たちは生涯忘れない。
高校二年の夏。
敗北を知り、僕たちの関係は新しいものへと変わっていった。
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その試合は高校バスケ界に歴史を刻む一戦だった。
キセキの世代が出場する最後の公式戦――そのウィンターカップ決勝。
最強と呼ばれる青峰率いる桐皇学園対その青峰を唯一破った火神率いる誠凛高校の試合は超満員の中、第3クオーターを迎えていた。51対50、取ったり取られたりのデッドヒートを繰り広げていた二校は、ついにエース対決へと試合を転じさせた。
息がつまるような一瞬一瞬の攻防戦に観客がベンチが手に汗を握る。
一番に勝負を楽しんでいるのは向かい合っている二人であることをベンチから見ていた黒子は分かっていた。
ダンクを決めた火神が吠える。
「勝つのは俺たち誠凛だ!」
「ハッ!この俺が何度も負けるかよ!!」
ディフェンスを振り切った青峰が笑う。
目まぐるしく変わる攻守の合間合間に、スパっと通るパスがある。
去年まではなかった、誠凛に今年入った一年レギュラーが生み出すそのパスは火神を活かす。
「キャプテンは・・・俺たちは、絶対に負けない!!!」
俺が負けさせない、そう言うかのような台詞に黒子の背筋が震えた。
身体の奥で温度の高い青白いような炎、そういうものが点ったのを感じる。
「嫌いじゃねーぜ、お前みたいなヤツ。でも、勝つにはまだ早ぇ」
青峰くんの目がその子を捉えてニヤリ、笑いながら挑発をして。
通るはずだったパスを叩き落す。
最高の試合が目の前にあった。
「チームプレーってのを、俺は誠凛で教わった。勝ってその意味をお前に見せてやる」
「他人なんか関係ねーな。テメーがしたいバスケを好きにやってこそ、だろ」
青峰が言う台詞は以前から変わっていなかった。でも今は意味合いが全然違って聞こえる。今ならちゃんと彼の声が聞こえた。
合わせるんじゃない。誰かのためじゃない。自分のバスケを高めてこそ誰かと繋がる瞬間がある。
依存じゃなく、支えるためじゃなく、同じ次元で繋がる瞬間が。
「テツ――!!」
求める、声がして。コートからの呼び声に魂が震える。
監督へと顔を向けると頷かれた。
着ていたジャージを脱ぎ捨てる。
入れ替えがアナウンスされると場内に歓声があがったのを、耳で聞いた。
僕のプレーを、僕と君がつくるバスケを望んで待っててくれているひとたちがいる。
思うと、たまらなくなった。
近寄ってきた主将に向かって拳を伸ばす。
副将の僕に向かって君もまた拳を伸ばす。
桐皇のベンチが、応援してくれる人たちの声が僕たちを包む。
「勝つぞ」
「はい」
それ以外の言葉は必要なかった。
僕と君は、息をするように繋がっていた。バスケも、そして心も。
「あなたたちはすごい。でも俺たちだって負けてない!」
青峰に火神が。
黒子には例の一年がつく。
沸き起こる激しい感情に今まで感じたことがないぐらい高揚する。
「君の決意が軽いものだとは思いません。ですが僕の決意を他人に推し量られるのは不愉快です」
そうしようと思わないまま、目の前にあらわれたゾーンの扉を押し開いた。
全く同じくして、青峰もゾーンに入ったのを感覚が教えた。
一瞬たじろいた相手が、それでも強い目をして僕を睨み返す。
たのしい。
スティールしたボールを仲間へ渡す。
たのしい。
不規則に移動していても喰らい付いてくる相手。
たのしい。
視線誘導でその意識を別にずらす。
直後にパスの軌道を変えて青峰へと。
たのしい。
シュート体勢に入った彼がブロックを横目に、
たのしい。
もう一度僕へとボールを返す。
打った球はネットを揺らした。
火神がゾーンの扉をこじ開ける。
青峰が無表情になって全ての意識を向ける。
そこからはあともう無言の攻防だけがあった。
そして最後まで拮抗した試合は、青峰のブザービーターにより僅か一点差で桐皇が勝利する。
キセキの世代最強と云われた青峰、シックスマンと呼ばれた黒子。
二人が在籍した三年間、桐皇学園は2度のインターハイ優勝、3度のウィンターカップ優勝という快挙を成し遂げた。
決勝から数週間後。
その日撮られた一枚の写真がスポーツ雑誌の表紙を飾った。
ブザー直後、ぐしゃぐしゃに抱きしめて髪に耳に目元にじゃれるように唇を落とし全身で喜びを爆発させる青峰と、全身でそれを受け入れる黒子。
勝利の立役者、桐皇の主将副将コンビの写真である。
ちょうど髪にキスした時のその写真のせいで、二人はその後長らく桐皇夫婦と呼ばれるようになる。
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それからの話を少しだけしよう。
まず、キセキのみんなとの関係は大きく修復された。
よく連絡が来るようになり僕からも青峰くんからもメールや電話をするようになって、中学時代は最後まで繋がることがなかったパスも集まってバスケをした一発目から吸い込まれるようにみんなの手に渡った。
感動したって泣いたのは実は僕も含めたみんなだっていうのは6人だけの秘密。
それから僕の耳にだけあったピアスについて。
独占欲だったって青峰くんから聞いた後思うことはいろいろあったけれど、君にもつけたいと言ったことはなかった。
でも最後のウィンターカップが終わってから、僕の手でどんな傷もつけたくないと思っていた考えに少し変化があって。
結局アクアマリンという淡い水色の石を選んで彼に渡した。
だから僕たちの耳にはお互いの髪色を冠したピアスが今もある。
身長はあまり伸びなかった。最終的に170センチ前半で止まってしまい選手としては不利だったけれど、僕は大学でもバスケを続けた。
サークルとかでじゃなくて、ちゃんと。
アメリカに渡った青峰くんには、渡米の直前まで一緒に行こうと誘われたけど断った。
理由は自分には無理だと思ったからじゃない。
中学3年間、高校3年間。僕のバスケは彼を中心にまわり続け、そうして最後の一年でやっと僕は外に向ける目を持てた。
君以外とも繋がった絆を、君とは違う光で輝くみんなともバスケをしてみたくなったとその目を見つめながら言えば、怒りながらも、彼は穏やかに笑った。
青峰くんはアメリカで活躍してどんどん有名になり、テレビの中でその姿を見れるようになるまでそれほど時間はかからなかった。
雑誌にもインタビュー記事がたくさん載るようになったと思ったら、すぐに日本でも人気が出て時のひとにもなった。
でも僕と彼の心はいつも繋がっていたように思う。
そうして一時は別たれていた僕たちの人生は、日本代表の招集によってまた重なり合う。
キセキの世代と呼ばれたみんなと火神と、そして高校時代を切磋琢磨したバスケ仲間たちとともに同じコートに立つ。
みんなのズバ抜けた身長の中で170を数センチ越しただけの僕はちょっと身構えることもあったけれど、数世代前に黄瀬くんと同じ名前の168センチのPGがいたこともあると聞いて少し元気がでた。
高くないからこそスピードを存分に活かしたというその人物と同じように、ミスディレクションを武器として使う僕には身長はハンデではないだろう。
スポットライトが照らすのはもう光だけではなくなった。
影であった僕にも、ひとは云う。
君のバスケに光を見た――と。
『体格に恵まれているわけじゃない。むしろその身長や筋肉量の少なさは選手として致命的かもしれない。
しかしパスに特化し、自分の能力を限界まで極めた黒子テツヤのような選手が日本代表に選ばれたことは、
バスケを愛して己と戦うすべてのプレイヤーにとって希望だろう。
そして観客である私たちは彼のバスケに魅了され、心を揺さぶられ、繋がっていくパスに光を見る』
記事は思わず切り取って、写真を貼り付けるためのボードに画鋲でとめた。
僕はバスケとともに生きていく。
生きていけるだけのものを与えてくれたすべての人に、すべての出来事に感謝している。
別離も絶望もすれ違いや悲しみも、今僕のバスケを形作っている大きな一部だ。
ティップオフの合図。
終わりを告げるブザーの音。
そして君と合わせる拳が、いつまでも僕の人生を彩っていく。
【後に伝説となる、
桐皇学園には最強と謳われる夫婦がいた。】
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