ねぇ、バスケの神様
無理だって分かってる。でも本気で言うわよ。
そう前置きをして、送別会後の泣きはらして赤くなっているだろう目で見つめた。新たに副将となった――これから誠凛を、エースであり主将でもある火神を支えていく後輩を。
こんなこと言いたくない。叶うことなら言う日なんて一生来なければいいとずっと思っていた。回避の為の手だって思いつく限り全部打ってきた。
それでも可能性を潰しきれなかった責任がリコにはあって、その悔しさに手を握り締める。
『もう腕に負担をかけるようなパスは使わないで』
それはどれほど残酷な言葉だろう。血の滲むような努力のほとんどをパスへと注ぎ込んだこの子にとって自分の言葉はどれほど残酷なんだろうと思った。
でも言葉が刃になって黒子を傷つけ、毒のように傷に沁み、手足を縛る枷になったらいい。
『身体能力をいつもぎりぎりまで使っている君の身体にいつ限界が来てもおかしくない。イグナイトパスやサイクロンパスをこれからも無制限に使っていったら近いうちに必ず肘を壊すわ。その二つを使わなくても君は充分パスを回せる!・・・だから――・・・!』
もうやめなさいという言葉は情けなくかすれた。
泣きそうになる自分を卑怯者と罵倒して涙を飲み込む。
だって誠凛から離れる自分が、これからを背負っていってくれる黒子に向かって、なんて。
磨耗させるだけ磨耗させて今更、なんて。
泣くな。絶対泣くな。唇をかみ締めて自分を罵って叱り付けて、沈黙を耐える。
逸らしたら負けだ。思って水色の瞳を見つめた、のに。
そこにあったのは静かな、眼差しだった。目の前にあってリコを見返してくるのは、晴れ渡った空のように澄んだ綺麗な。
そんな目をして黒子は薄く微笑んだ。
それは数時間前に見たのと同じ。「先輩たちとバスケができた、誠凛というチームが大好きです」そう言って笑んだ時と同じ優しい、優しい微笑みだった。
だから私は。
私は、涙が溢れてとめられなくなって。絞り出した声で叫ぶように言った。
『バスケ、できなくなっちゃうかもしれないんだよ・・・!?』
理不尽に責め立てる私を、黒子くんは優しい目をして見てた。
凪いだその瞳が切なくて、切なくて、切なくて、もう全部分かってるんだって覚悟してるんだって、そう伝えてきて。涙が止まらなかった。
溢れて止まらなかった。
泣く私に黒子くんはハンカチを差し出して、言った――。
『カントク、僕は誠凛が好きです。みんなとするバスケが好きです。だから、いいんです』
いいわけ、ないよ。
いいわけない。
黒子くん、だって君が、どれだけバスケを好きか私知ってる。
どれだけ自分の可能性ぎりぎりまで努力してたか私知ってるよ。
どれだけ君の存在が、バスケを好きだって気持ちが、心の在り方が気高いものか分かってるよ。
いいわけない。
黒子くん。君は、君だけは。
スローモーションで見えた。
インターハイ、決勝。そのコートの上。
強い接触によりバランスを崩した黒子に重なるようにして、体格のいい相手選手が倒れていくのが、スローモーションで見えた。
やめて。
叫んだ声が自分のものだったのかそうじゃないのか分からない。
だって、身体が震えて声なんて出せないと思った。
黒子くん。君は、君だけは。
もしただ一人選べって言われたら私は、君を願うよ。
君からバスケを取らないで。
君からだけは奪わないでって。
二人分の身体が打ち付けられる音が低く響いて。
悲鳴のような笛の音、途絶えたスキール音、どこか遠い観客のざわめき。
ガタリと立ち上がった日向君の、木吉君の固く張り詰めた声と、そこかしこからの黒子くんの名前を呼ぶ声を聞いた。
私はただ呆然とコートを見てた。
彼の大切な、大切な右腕が。懸命に踏み止めながら限界を耐える、彼の右腕が叩きつけられるのを。
そしてその肘の上に重なるようにして選手が倒れていったのを見ていた。
目の前が歪む。
滲んで何も見えなくなった視界の中で、黒子くんのやわらかく微笑んだ顔が何度も蘇った。
そしてあの日の彼は最後に言うの。
未来より誠凛で過ごす明日を僕は大切にしたいから、って。
神様。
バスケの神様。
私たちは彼のバスケを愛してる。彼をこんなにも愛してる。
ねぇだからお願い神様、奪わないで。
彼から奪わないで。
ねぇ、バスケの神様―・・・。
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