嘘だって言ってよ、ねぇ











なんでなのって思った。
さっきの接触は少し手当てしたぐらいでよくなるものじゃないって、試合を抜けたとしてもおかしくないぐらい痛めたって、私でも分かる。
もし私がテツ君のそばにいたら今すぐ病院に行こうって言ってた。
なのにどうしてテツ君は入れ替わりにコートに入っていくんだろう。
誠凛はどうしてそれを許すの。


膝の上でスカートを握り締めて、試合を見つめる。


だって、テツ君への当たりが強い。
右腕を狙うようにマークされてて、彼は強いから絶対表情になんて出さないけど痛いに決まってる。
テツ君は他の選手と比べると体格に恵まれてはいない。だから前も、中学の頃もよく当たり負けして吹き飛ばされたりしてた。
でもいつだって絶対弱音吐かないの。怪我しても痛いって言ったりしない。怪我に気付いたみんなが叱るけどやっぱりいつもテツ君は言ってくれなくて私は苦しくって。
どうしてだろうテツ君。
私あの頃の何倍も、いまテツ君を見てるのが苦しい。
胸がざわざわして落ち着かない。何かが不安で堪らないの。


周りの観客はまた試合に熱中し出して、さっきの接触なんてなかったみたいにプレーに魅入られてる。
隣の女の子二人がたいしたことなかったのかな?って話してる。
よかったっていう声が斜め前からしてて。
でも、でもそれに混じって聞こえてくる赤司君とムっくんの声に私の心臓は早鐘みたいなんだよ。


「敦、座れ」

「嫌だし!帰る」

「敦!!!!!!」

「嫌だし・・・っ!!!!!」

「座れ!黙って見てろ!!」

「・・・なんなの、赤ちん・・・俺見たく、ないって言ってるじゃんっ・・・!」


離れた所から、でもよく響くせいで届く、はじめて聞く荒げあった二人の声。涙で濡れたムっくんの声に、耳を塞ぎたいのにできない。
聞こえてくる会話が怖くてたまらなかった。
やめてよ不安にさせないで。なんでもない、絶対なんでもない、のに。
いつもと違うみんなが怖くてたまらなかった。


大ちゃん、何か言ってよ。
いつもみたいにちょっとダルそうにしててよ。
あーあって顔して、何やってんだよって言ってよ。
なんで、そんなじっとテツくん見てるの。何も言わないで見てるだけなの。
どうして私みたく両手を握り締めてるの・・・!

ねぇ、誰でもいい。だから、嘘だって言って。

ぽたり、ぽたり。手の甲に落ちた水滴がそのままスカートに伝って色を変える。
強く握りすぎた布はしわくちゃできっと見っとも無いことになっているけど気にしてる余裕なんてなかった。

コートの上。
ミスディレクションを使ってるテツ君を執拗なマークが追って、それでも彼は華麗なパスで試合を制していた。
直角に曲がるパスを、加速して相手チームの隙間をすり抜けていくパスを、ゴールからゴールを真っ直ぐに突き抜けるパスを、チームに、エースに届ける彼は誰もが見惚れずにはいられない軌跡をコートの上に残す。
点を取るたびにパスの中継地点になってるテツ君のもとへ声が集まる。

幸せな光景なはずなのに、私はそれが胸に痛かった。
まるで彼らが一瞬一瞬をこぼさず大切にしているような、そんな気がして。
私の不安はより一層強くなる。

誠凛の方に大きな流れがあって点差はじりじりと開いてく。
宙を走っているかのような高く長い跳躍。誰かの息を飲む声。壊れるんじゃないかという程の激しい打撃音。そして大歓声。

立ち上がった観客の隙間から見えるわずかな視界の中、ぼやけて見えるその先でテツ君はこつって拳をぶつけてた。
大ちゃんとよくしてた、二人だけの特別なそれを大ちゃん以外の人としてるのを見るの、ほんとは嫌だった。誰にも言ったことはないけれどほんとはずっと嫌だった。
でも私のそんな感情なんかおかまいなしに、コートの上にいるのは誰から見ても違うことない相棒同士で。
むしろ大ちゃんとテツ君が最高のコンビだった頃を覚えている人はどれぐらいいるんだろうって思った。


テツ君も、忘れてしまったんだろうか。


だから今、私の目の前で彼は全てを賭けるような魂を捧げるような。命を燃やしているかのようなプレーをしているのかな。
未来なんていらないって、私の心に訴えかけるのかな。
ううん。きっと私にだけじゃない。
馬鹿野郎って小さく呟いてその声が震えてた大ちゃんも、離れた所で隣同士座ってる赤司くんもムっくんも。違う場所にいるきーちゃんもミドりんも。
みんなに伝わってる。一度はもう修復なんかできないんじゃないかってぐらい別たれてたのが嘘みたいな程、私たちの心はきっと同じ。

苦しくて。
悲しくて。
離れていってしまうあなたが悲しくて。
あなたの未来に私たちがいないのが寂しい。



ねぇテツ君。
みんなねテツ君のこと大好きなんだよ。一緒にするバスケも大好きなんだよ。
だから今は無理だけどインターハイが終わって、ウィンターカップも終わってそしたらその後はって。
一つの大学に集まって、今度こそチームになろうって実はみんなで話してたんだよ。
テツ君がいたからみんなそれぞれの高校でちゃんとチームの一人になれた。そのチームが好きだって思えたって。
でもやっぱりみんなでもう一度プレーがしたい、そう最初に言ったのは意外に思うかもしれないけどムっくんなんだ。
大ちゃんはその場では何も言わなかったけど何日かあとに賃貸情報誌読んでるとこ見ちゃった。
後ろから覗き込んだらどう考えても誰かと一緒に住むの前提で、ああテツ君となんだなって私は、そんなことでも嬉しくなって。



ねぇテツくん。

いやだよテツくん。
怪我がひどくなっちゃったらどうするの。
無理なんかしてちゃんと治らなかったらどうするの。

まだ私、何も返せてない。
テツくんが私たちにくれたもの、返せてないよ・・・っ。



やめて。
誰でもいいから嘘だって言って。
嘘だって言ってよ、ねぇ――・・・。